采配



素材、作り、デザイン、どれを取っても最高級。上等な執務用の椅子の座り心地はこの上無く、良い。翁はそれをとても気に入っていた。何十年と長らく愛用を続けた結果、老いて役目を果たし尽くしてしまったこれの先代も素晴らしい出来のものだったが、十数年程前に新調した今の椅子はその上をいく質である。そして、特別の思い入れ。この歳の老爺に出来た1人息子、彼を引き取ったすぐ後の事だ。己と同じだけ老いていたそれを手放して、まだ少年であったXANXUSに年近くなったのを新しい執務の相棒として。
ゆったりと身を預け、ほうぅ、と吐かれた息。1つ目を瞑り、1つ間を置いて目を開ける。穏やかな昼下がり、愛しい1人息子を想って老人ティモッテオは柔らかく目尻を下げた。彼は今頃何をしているのだろうか。今や全てを任せた1人の男が、自分へ何処か楽しげに笑いかけてしばしの別れを告げ、今や全てを委ねた1人の少女は、おどけたように敬礼をしてみせ、2人が此処を離れてからもうすぐ1時間近くが経つ。もう既にあちらには着いているはずだ。彼らは対面したろうか、XANXUSはどんな顔をしたろうか。ふふ、と笑みを零して、机上のティーカップへ手を伸ばす。




(彼ならきっと上手くやってくれる。あの、ギル君なら)




実を言うなら、本部の幹部達はギル・ウォルターを監視役にする事へ難色を示していた。彼がXANXUSの学友であったというのは無論知られているものであるからだ。もしやともすれば、という憂慮。それは見過ごしてしまうには余りにも、懸念の材料として大きい。ボンゴレ9代目、そしてまた何よりXANXUSの父親という1人の人間のティモッテオとしては、むしろだからこその人選であったのだが。


2人が学友だというのは周知の事でも、2人の間柄は珍しくも懇意であるというのは彼の他には僅か数人にしか知られていなかった。養父と養子、どれだけ愛情を向けようと埋められない溝。浅からず利用していた、という疚しさも、無いでは無い。これが父子の間に明確な壁を生んでいた要因の内1つなのだろう。ボンゴレを統べる者としての性を、彼は捨て切れなかったのだ。
――己よりも遥かに年若いギルという青年は、ただの友人であった故も有ろう、とにもかくにも自分では至り得なかったところまで到達した。その事をティモッテオは喜びながらも、少しばかりの羨望も抱いている。だけれどやはり最も大きいのは、XANXUSと親しくしてくれた、近い距離を保っていてくれた、それへの心よりの感謝である。卒業後秘密裏にギルを此方へ引き入れ、結果2人を引き離したのは自分であったとしても。大切な人材を逃す訳にはいかなかったのだ、その判断を疑った事は無い。…些か形振り構わなかったとは思うが、と、ティモッテオは小さく苦笑する。




(…ただ、それが有っての今でもある)




それは、様々な意味で。
今でも、完全にはXANXUSの心情を理解など出来ていない。彼は口を閉ざしてばかりであるから。血は繋がっていない、その事を抜きにしても、家族の間で何の秘密も在り得ないという訳は無いのだ。ましてやあれやこれやとが有って、息子との距離はひどく離れている。自業自得と言ってしまえばそれまでである。老爺の自嘲の笑みは、この先も長く彼自身を責め続けるのだろう。償うべきはとても大きい。静かに目を伏せ、ティモッテオは紅茶を喉へと流す。水分をすぐに失うようになってしまった唇を湿らせて、視界を閉ざしたまま、翁は呟きを洩らした。




「――ザンザス。…どうか、」




どうか、安らいでおくれ。私の事など赦さなくていいから。


これはそのための彼の采配であった。幹部達の苦渋面や反対の意見を半ば押し切ってでもあの青年に、そして少女に託した、切なる願い。





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