異例



異様とさえ言えた。ヴァリアーの幹部達にとっても、給仕の者達にとっても。ただ、事の発端である青年と少女には、一堂に会して食事を取るというのは別段珍しくも何とも無い状態だ。或いは、彼彼女らにそうとすら判じさせる根源の、この屋敷での最たる主においては、まぁ問題は最早別のところであるのだが。
ランチタイムは厳かと言えば厳かに、暖炉の上の卓上時計の針が静かに、しかし時折音を目立たせて、進んでいた。勿論の事、給仕達が意味も無く何事かを喋るなど有りはしない。そして、普段が普段実に喧しい男が黙々と食に没頭しているのである。残念ながらこの彼にとって、非常に気まずい気分での食事となっていた。おい誰か喋れ喋ってくれと、心中では嘆きっ放しの事で。う"おおおぉいこんな気まずいの俺だけなのかぁ?!!スクアーロはそろりと、無意識に正面へと視線を遣った。




(――いちゃついてんじゃねぇよぉお"?!!)




旧友が、少女の口元へフォークを差し出していて。銀食器が携える一口大の牛肉の赤み。眉を顰め、何処か不貞腐れたような顔のまま、漣がのっそりと口を開けそれを、食べる。




「ったく、お前ほんと、ちゃんと食いなさい」

「………」

「あら、レンはお肉嫌いなの?」

「嫌いではねぇらしいんだが、野菜ばっか食いやがんだよこいつ」

「そうなの、だからこんな細いのねん。ダメよぉお肉も食べないと」

「…んむー…だって、でもボスだって、お肉ばっか食べてる…」

「…。…ザンザスーお手本見せてやれってー」




それを聞き受け、スクアーロが左へと視線を移せば。1秒、2秒、3秒。ガン無視でフィレ肉の大きな塊を頬張り咀嚼している。再び目を正面に戻した。おい、待て、何を意味有りげに視線を交わしているのか。よく知る、あの旧友のあの笑みである。企てを知って、彼は冷や汗を掻き始めた。ニヤニヤと笑う男と無表情に頷く少女。嗚呼、嫌な予感しか、しない。
内緒話であったなら幹部面々に聞き取れていたのに、それが故か、2人はアイコンタクトで以ての意思伝達を行っていたから。知る由も無かった。青年と少女が何を話していたのか――否、ギルが漣に、一体何を吹き込んだのか。


ガタリ、トタタ。席を立った漣が小走りで向かう先には。えっ何する気あいつ、と、それは此方こそ問いたい。少年は全員の代弁者となった。供なるフォークはどういう事なのか。――予想よどうか裏切られてくれぬかと、スクアーロの願いは空しく終わる。




「ボス」

「退け」

「ぼすー」

「退けっつってんだろカス」

「や。…ねぇおうさま」

「3度は言わねぇぞテメ、」

「ダメ、たべておうさま」




甘ったるい訳でも無い、艶やかなのでも無い。だが、しかし、何か、妙な気に陥らせるような。間一髪、とは些か使いどころのおかしなものであるが、銀髪の男は手元の皿へ目を落とし、どうにかこうにか美味なフィレステーキに気を逸らせた。その他の者達の、沈黙。尤も、主犯の青年はひどく楽しげであったのだが。彼は笑んだまま、食事に戻って。




――XANXUSの片膝に少女が跨った。彼女の使っていたフォークで、男の、全く手を着けられていないサラダプレートの上の真っ赤に熟れたプチトマトを1つ刺し、そうしてそれを、厚い唇の元へと運んでいったのである。瞬く間に不機嫌か不快かを顔に表したXANXUSだが、漣は全く平然として。苛立ちが殺気へすら変わりかけ、広間の空気がピリと肌を焼く。専属の役目をと望んだメイドが全てを覚悟して、奥歯を噛み締め体を強張らせた。


似たような流れである事を知っているのは、私室群において最も広く、最も豪奢な調度品の揃う、この邸の主の部屋に、その時その場所、其処へ居合わせていた3名のみである。
XANXUSは何処か苦々しく思う。そして何故あの場面が頭を過るのか。傷痕へそっと触れた、それを撫でた、柔らかな唇。劣情、その欲に駆られる訳では無かった。全く別の、ひどく気持ちの悪い、反吐の出るものだ。明らかにする事すら忌々しく、厭わしい。――だというのに、嗚呼、クソが。薄い色みの澄んで深い青に、何も言えなくなる、抗う事を忘れてしまう。


結局、彼は折れた。あからさまに溜息を吐きはすれ、明るい真紅の甘酸っぱい粒を受け入れたのである。別段、嫌いなのでは無い。ただ不要というだけだ。言い換えれば、大抵食べる気の起こらないというそんな簡単な話に収まってしまうのである。ブツ、ブツ、と果肉の弾ける音。さぁこれで満足だろう。紅い目が、少女へじっとりと向けられて。
サックスブルーが僅かに細まった。それを見止めたXANXUSは、フンと鼻を鳴らしながら漣の腰に腕を回し、大きな身動きを出来ないようにする。己ばかりにさせてやるものか。どの道これで終わらなかろうよと、それは直感によるか、経験によるか――あの野郎がこの程度で締めるわきゃねぇ。未だ気怠く険しい表情のまま、男は少女へ口を開いた。




「――で?」

「…わ、ボス、すごいね。あのね、お肉下さい」

「ドカスが」

「おっと何で俺見て言うのかねぇ」

「テメェ後でカッ消す」

「あはは、そりゃ勘弁」




この3名を除く彼彼女らは再び、驚愕に伏せる事となる。何故なら何せ、あのXANXUSが、その男が、己の皿のフィレ肉を――それを"どうした"のか。事の終わりは、ひとまずはそこに。




(俺は見てねぇ。何も、見てねぇ。………。…う"おおおおおおぉぉぉい!!!!)




そう、何も見てなど、いない。暴君が子猫へ餌をやったところなぞ、知らぬと言い張ろう。そして、少女の口の端から垂れてしまった肉汁を、男が親指の腹で乱雑に拭ったのも。自分は、見てやしないのだ。





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