異常



レヴィが諜報任務より帰還し、すぐさま報告書を書き上げ己の敬愛するボスの元へとそれを提出しに赴いたなら。いつもであれば、あぁ、とだけ返ってくるところ、思わぬように更に言葉が掛けられた。そのまま食堂へ行けと指示され、少々の疑問さえ残れど従わぬ訳が無い。広間へと向かう道すがら、彼はふと気付く。そういえばそろそろ昼食時か。


食堂に入ると、更に思ってもみなかったものを目にする事となった。一方の側に人が集まり、何やら小さく輪になって何事か楽しげな声を上げているのである。また、ダイニングテーブルのとある所にはぽつんとチェス盤が置かれており、その近くには何か小さな端末も2つ。…一体、これは。状況がどうにも把握儘ならず、レヴィは困惑して佇んでしまう。
その時、ワッと賑やかな。




「――ちょっとぉ!レヴィったらそぉんなところに居ないで、貴方もこっちへおいでなさいよん!」

「?!…う、うむ」




ルッスーリアの呼び掛けへのそりと脚を動かして。集団へ近寄れば、ポーカーをしている事を知る。青年が、己の胡坐の中に座る少女の持つカードの中から1枚を捨て同じ数のドローを行った。
その監視員の2人、そしてベルとマーモン、ルッスーリア、スクアーロ――4つの組である。何とは無しに眺めて回す。すると、最後に少女と目が合って。お帰りなさいです、と、無表情だがまっすぐと此方を見つめて言葉を口にした漣に、多少動揺して肩を揺らしつつもレヴィは1つ頷いて返した。そしてその背後の男も、彼へ顔を向け笑って同じように言う。どうにも、妙な気分である。レヴィは思わずと目を逸らしてしまう。…何だ一体、これは!




先のゲームばかりか、その次のゲームさえもが監視員ペアの勝ちとスクアーロの負けに終わった頃、1人のメイドが静かに介入した。皆様、お食事の用意が調いましてございます。落ち着いた声に少女と青年が応じる。各々立ち上がり、ベルなどは伸びをしながらに椅子へと。白く細く小さな手が床に散らばるカード達を掬っていくところへ、もう1つ、滑らかな肌色が加わった。




「レン様はどうぞお席へ。此方は私めが片付けておきますから」

「、んむ…ごめんなさい、ありがとうです」

「…謝礼のお言葉など、勿体のうございます」




そう言って、彼女は微笑む。驚きの後から、柔らかに、少しだけ嬉しげに。当然の事であるのに、このきっと年下だろう少女は――それこそ、当然の事であるかのように、格下でしか無い、ただのしがないメイド如きへ詫びと礼を言うのだから。この屋敷、このヴァリアーの下で働く限りはそんな経験などしないのだろうとそう確信していた。だが、これが何ともあっさりと覆されたでは無いか。長らく冷えてしまっていた胸の内に温かさ。そして、こそばゆく、疼く。
――もし、この少女にほとんど専属のような形で仕える事が出来るというのなら。それはなんて素敵なものか。彼女は給仕達の中でも特に長く此処に居る数人の内の1人であった。多少、そう多少だが。幾らかの発言権は与えられている。執事長へちょっとばかり、お願いをしてみようか。今まで静かにしてきていた分くらいは、その少しくらいは、我が儘を言ってご褒美を貰ったっていいじゃない。彼女は悪戯っぽく心中でのみ笑う。執事長には頑張ってもらおうでは無いか。あの老齢な彼であれば、我らが絶対的君主であっても、少々程度であれども聞き入れてくれるという話であるし。




「ボスさんは――来やしねぇかぁ」

「さぁどうだろうな?何たってこの子猫ちゃんが擦り寄った訳だし。なぁ漣」

「んふん。擦り寄った、ねぇ。確かにレンに擦り寄られちゃったら、あのボスとは言え…可能性は全く無いだなんて事は――」




最上位の上座を除き、そこから左右にほぼ均等な数で彼らは腰を落ち着けた。片頬杖を着くスクアーロの正面で、ギルがくつりと笑う。青年の隣の隣、ルッスーリアが、彼との間に座る少女へ顔を向けながら口に弧を描かせ言った――その時。
椅子の上に両膝を立て、それを抱えて正面のベルを眺めていた漣が、ふ、と。


首を回した、目線の先の、重厚な扉がギィと、音を立てる。





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