変化



滞り無く任務内容を完遂させたルッスーリアとマーモンは、ヴァリアー邸に帰り戻って報告書提出のためにXANXUSの部屋へと向かっていた。2人の間にこれと言った会話は無い。それは決して不仲であるからでは無く、単なる話題の有無によるものだ。赤ん坊は書類を片手にするモヒカンサングラスの男の右肩にちょこんと座っている。故に廊下に響くのは1人分の足音である。ゴツ、ゴツ、とブーツの重いそれ。しかしそこに疲れの様子は無い。今回の任務もランクは低く、彼らには温いつまらないものであり、マーモンにとっては報酬が安くなると溜息しか出ないのであった。
行き着いた扉へノックをする。これをしなかったとしても、気配と足音で誰であるかは判別がついてしまうにはついてしまうのだが、何よりマナーというものだ。何処か気怠げな低い声が入室の許可を与えて寄越してきて、ルッスーリアは取っ手を掴み押し開けた。途端、ほんの薄らと鼻に届く酒の香り。いつもの事であるのでさして気には留めない。




「ただいまボス。これ報告書よん」

「…置いておけ」




デスクに向かいペンを走らせているXANXUSは顔を上げずに言う。これもやはり特に珍しいものでは無かった。声に不機嫌さを滲ませてもいなければ、そういったオーラを放っているでも無いのだからむしろ全くマシだ。慣れたようにそこへ近寄って未処理の書類の山に重ねると、ルッスーリアは踵を返す。夕飯は何かしらねぇ、なんて考えながら。気分的にはムニエル辺りだと嬉しい。予めメニューを変えておいてもらおうか。




「――ルッスーリア、マーモン」

「、あら、なぁにボス」

「報告書に不備でも有ったかい?」

「今日から飯は食堂で食え」




マーモンが訊ねた事とは一切関係の無い唐突な言葉に、2人はすぐには応じられなかった。そんな彼らへちらりと一瞥を投げてから男は再び口を開く。内容としては、時間になったらメイドが呼びに来るという旨だ。ようやく思考を取り戻したルッスーリアが小首を傾げて問うた。それは構わないが、何故いきなりそんな事を言い出したのかと。マーモンもまた同じ疑問を持っている。
そこで初めて手を止め、顔を上げたXANXUSの表情が変化を見せた。ひどく面倒そうである。




「それは直接ギリオンに訊け」

「…ギリオン?」

「ギル・ウォルター」

「ム、」




それは本名では無いのかというマーモンの問い掛けに彼は答えない。その代わりに顔が物語っていた、説明が面倒だと。気になるのであれば直接本人に訊けばいいという事だろう。めんどくさがりさんねぇ、なんて思って小さく苦笑を浮かべたルッスーリアが、取り敢えず了解よボス、と残して改めて踵を返した。


XANXUSの部屋を後にした2人の向かう先も考える事も、大まかな部分は共通している。これまで食事を纏まって取らずにいたのは、各々の都合が多大に関係していたからだ。しかしそうする意味が特に無かったのも確かである。基本的には必要性・合理性を重要視する自分達のボスは、故に方針を変える事は無かった――だのに先程の言葉。そもそも彼自らというのも有り得ないだろうが、あの様子ではやはり提案したのは、此処においての新参者であり此処では無い他からの余所者であるギル・ウォルターその男なのだろう。並の人間では発言権すら有無の危ういところ、それ程までに影響力が大きいのか。一体何者だと2人の目下の心中である。興味、そして怪訝。
途中で出会ったメイドにギルの部屋へと案内させてもそこに彼は不在で、では一体何処に居るというのか。女性らしい所作で頬に手を宛てたルッスーリアは、己の右肩に乗る小さな赤ん坊に頼み事をしようと顔を傾ける。




「マーモンちゃん」

「報酬は、まぁ今回は自分が知りたいというのも有るから特別にタダにしておいてあげるよ」

「あらそう?儲けたわ」




マーモンがコートの中から取り出した紙で景気良く鼻をかんだ。さて、ターゲットは何処だろうか。





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