部屋
最後の角を曲がったところで、XANXUSの部屋の扉が開いた。中から出てきたのは漣だ。お、と小さくギルが洩らせば、此方を向いた少女は駆け寄ってくる。彼女が喜んでいる様子が判るのは、少なくともこの屋敷においては彼にのみである。ボンゴレ本部の、特に漣と親しい者であるなら或いは可能だろうが。ぼす、と抱き着いてきた少女に笑ってその小さな背へ手を宛てる。旋毛にキスを落とすと、胸元に埋まる頭が顔を擦り寄せるように動いた。
「そういやベルに追い掛けられたんだって?」
「うん」
「ほっぺんとこ、ちょっと切れてんな」
「うん。…あのねギル」
「ん?」
「ボスがね、1つだけ質問に答えるって言うから、訊いたんだ」
手を握って歩き出した2人。ようやく、自分達の落ち着く部屋を決められる。ぶらりぶらりと繋いだ腕を振る漣につられながら、ギルは問うというよりもただ言った。少女は驚く事も無く、首肯と言葉1つ。左下を見遣り、先程から視認出来ていたその傷に彼の目が細まる。顔に傷付けやがって、とは、何も原因となった少年に対してばかりのものでは無い。きちんと避け切れなかった漣にも非は有るのだから。
そんな事を考えつつ、少女の言葉を待った。一体何を訊いたのか。それがあの男を愉しませるものであればいいが、などとも思いながら。そして予想の斜め上を行った内容に、ぶは、と堪えられず噴き出す。
「…何で笑うの」
「い、や、だってよ、」
ギルと居るのは楽しいか、なんて、とんだ質問だ。それをXANXUSに訊ねたのか、こいつは。幾らかぶすくれた表情で自分を見上げてきている何処までも飽きない少女の髪を、彼は楽しげな様子のままくしゃりと撫ぜた。昔に比べれば随分とよく感情を顔に載せるようになってきたものだ――とは言え、やはりまだまだ、特に気を許している者の前でだけ、ではあるが。今度はそんな事を頭の片隅で考える。此処の人間にはいつになったらそれを見せるようになるのだろうか。
「んで、あいつは何て?」
「1番マシだ、って」
「それはそれは、嬉しいね」
「あ、ギル、此処にしよう」
「あ?…あぁ、部屋な」
唐突に話題が切り替わるのにももう慣れた。何を判断基準に此処と決めたのやら、まぁ漣の事だからただの気分なのだろう。繋いでいた手を解いて、誰の気配も感じない部屋の扉を押し開ける彼女に続き、ギルも室内へと入る。使われている形跡は見られないにも拘らず、埃やカビの臭いが無いのはメイドの日々の掃除と整備のおかげに違いない。少女は天蓋の付いた広いクイーンベッドへ駆けていき、そこにダイビング。それを眺めて笑いながら、男はソファーの背凭れにコートを投げて掛けた。漣の両脚が交互に上下に振れる。ぱたぱた、ぱたぱたと。
「荷物は、まだ?」
「そろそろ着くとは思うがな…まぁ、遅くとも夜までには届くだろ」
「んむー」
「どうする?色々見て回るかい、お嬢ちゃんよ」
「ん!」
バッと飛び起きた元気な彼女にまた一笑し、とは言えまずはこの部屋からだな、とギルは言った。早速とばかりに、近いドアへと駆けていく少女。