秒殺



粗方の説明を終える頃には地下数十メートルから地上へと出ていた。ボンゴレ本部もそうだったが、こうも広大な屋敷ともなれば、どれだけ騒いでいたとしても静けさを保つのだろう。…にしても、と彼は思う。あちらはとても、空気も匂いも、明るく開放的だった。それと比べて此方はどうか。何処と無く重く、陰気。組織体がそうさせているのか、先の事等が有ってであるのか、思わず苦笑を零した。




「…何笑ってんだぁ」

「…此処は、湿った場所だなぁと思ってよ」

「湿った場所だぁ?…んな湿気籠ってるか此処」

「バァカ、雰囲気がっつってんの」

「…、…」




ゴッ、ゴッ、と廊下に響く2人分の足音が籠ったものであるのは絨毯のせいに他ならないが、そればかりでも無かろうなとギルは心中で呟く。端的な物言いの裏の意味を察したのだろう、スクアーロも口を噤み、戻ってきたのはまた沈黙だ。――あの少女は何処だろうか、と再びそれを考えたところで、窓より差し込む陽光に何かが反射して煌めいたのに気付く。思い当たる節は有った。く、と目を細めるのと一瞬の間を置いて何処からか風を切る音。
僅かに首を傾ける。軌道上からずれたギルの左耳の1cm横、スクアーロとの間を銀が疾く過ぎていった。同じ色の頭髪の男もまた、眉を顰めて前方を見遣りながら、刃を出した腕を振るい眼前に迫ったそれを上に弾く――ガッ、と、ナイフの刺さった天井。苛立たしげに彼が口を開く。




「う"おおぉい!クソガキがぁ!何だっつーんだぁ?!」

「当たれよセンパイ」

「だとよ先輩」

「ふざけんじゃねぇ!」




少し先の角から現れた金髪の少年が笑い、ギルはスクアーロに視線を遣って言った。何処か面白げな口振りである。それへ叫んで返した男をさらりと無視して、後頭部で手を組んだベルに目を向ければ、あちらが出すオーラはどうもその逆。何故だろうかと眺めていると、なーアイツ避けてばっか逃げてばっかなんだけど、とつまらなさそうに言う。誰の事か、などと思案はしない。くつりと喉の奥を震わせたギルが、応じた。




「それがあいつの十八番だからな」

「つっまんねー。じゃあちょっと王子と遊べよお前」

「ご遠慮させて頂きたく、プリンス・ザ・リッパー」

「ししっ!選択権ナーシ!」

「おいおいそりゃねぇぜ」




返しながら、飛んできたナイフを前屈みに避ける。どうも面倒な事になったようだ。スクアーロの奴を盾にでもしてやろうか。などという考えは旧友にはお見通しであるらしく、自分を巻き込むなと釘を刺されてしまった。空気を捌く音は絶えない。露骨に面倒そうな溜息を吐いたギルは、ナイフの迎撃を躱す間にスクアーロへジャケットとコートを預ける。ヒュ、と、また風が切れた音。


次の5本を投げ様に突っ込む、と考えていたベルはふと妙な事に気付いた。…何処行った?対峙する正面に居るのはあの男の服を持ったスクアーロのみである。ハッとして反射的に前へ跳ぼうとして――踏み出した足を止めざるを得ない。そもそも身動きは取れなかった。喉仏から大動脈にかけて触れる冷たいもの、がっちりと拘束された片手首。気配なんて一切無かった、のに。ゾクリと背筋を這った何かが、ベルの頬へ冷や汗を垂らす。
いつの間に背後を取られていたのか。速すぎて見えなかった、分からなかった、なんて、そうそう有る事では無い。




「やっぱ疲れてるなんざ嘘だったじゃねぇかぁ」

「だからほんとだっつの。お前と闘るのは無理だったんだって、マジで」

「………ッ、は、っや、」

「はは、ありがとう」




辛うじて(とは言え大いに引き攣った苦々しいものだったが)笑みを浮かべたベルに、男はそう返してから1拍置く。ところで、お前が遊んでた女の子は?その質問に窺えるのは純粋さで、薄ら寒い怒気などは特に含まれていない。それでも少年はあっさりと吐いた。確かに敵意の類いは向けられてはいない、が、誤魔化しは許可しないというような、そんな強制力が感じられたのである。




「、ボスんとこ、逃げ込んだから多分まだそこ」

「成る程。確かに安全圏だわな」




拘束が緩み、ナイフが退けられた。場に張り詰めていた緊張の糸がゆるりと溶けて消える。は、と短く浅く息を吐いたベルの前に差し出されたのは、先程まで己の生死の決定権を有していたそれだ。自分の、ナイフ。受け取れば男は何事も無かったかのように背を向け、スクアーロの方へと歩いていく。そうしてジャケットとコートを受け取り、じゃあなスクアーロ、と言っては悠然と隣を過ぎて後方に遠ざかっていく――その音を聴きながら、ベルは手の中の銀を弄んだ。
認めるのは癪だが、圧倒された、というのが1番相応しい。あの男には、勝てないだろう。確かに自分は遊び半分でやっていたにせよ、恐らくは我を忘れる事が無い限りは、無理だ。それと解ってしまうくらいには己よりも強いのだと。むっつりと黙ったままのベルに、その場に残っていた男が言葉を掛ける。




「あいつはつえぇぞぉ、かなりなぁ」

「うっぜ。………んなの言われなくても解ったっつーの」

「…。まぁ、さっきのあいつは早くガキんとこに戻りてぇってのがでかかったんだろうがなぁ。…それとベル、」

「は、ナニ?」

「あのガキにちょっかい出しすぎねぇ方がいいぜぇ。ギルの野郎は怒ったらやべぇ」

「…あっそ」




それも、言われずとも解った事だ。ナイフを仕舞い、後頭部で手を組んだ少年はスクアーロの横を通って去っていく。歩き出した彼は角を曲がった。





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