興味



いい具合に酒も入り、一眠りしようかとソファーに寝そべったところで急速に近付いてくる2つの気配。それらの煩わしさに苛立たしげな舌打ちを大きく放つ。邪魔と妨害は実に、厭わしい。気配の片方はベルのものだが、もう一方はとXANXUSが眉を顰めたのと同時にけたたましく扉が開いた。ブチ、と聴こえたような気さえする何かの切れた音。怒鳴り付けるのみに留まらず、腰のホルダーに収まる銃に手を掛けようとして――頭上を過ったそれは、彼が枕にしていた側の肘掛けの裏へと飛び込んだらしい。
せこいという言葉の聞こえた部屋の外、開け放たれた扉からベルがひょこりと顔を出した。




「ボス、そいつちょーだい」

「駄目ですボス、あいつ追っ払って下さいです」




両者の言い分とはそれらだ。差し詰めこの少女は追い掛けられてでもいたという事か。途端に面倒そうな表情になったXANXUSはさっさと漣を追い出そうと身を起こすが、そこで男の言葉が思い出された。叶える必要など何処にも無い、しかし、そうしなかった後はそれもまた煩わしい流れになるのだろう。こいつが何かから逃げてたら助けてやってくれ、と、ギルは言った。単なる頼みであり義務では無い。ただ、秤に掛けて下に動いたのはこれを聞かなかった時の方の面倒である。




「…ベル。扉を閉めてとっととどっかに行け、こいつに構うな」

「………りょーかい」




口をへの字に曲げて言われた通りにしたベルの気配が遠ざかっていく。おい、と声を掛ければ、礼が返ってきた。そして、身動ぎの衣擦れの音。陰から出てきた漣は小さく呼吸を荒げたまま、膝と手で這ってXANXUSの寝そべるすぐ下にやって来る。横目に見た右頬には切り傷が薄らとついており、それの原因は言わずもがな。――しかし、そこ以外には何も、例えば不自然に切れた髪の毛先等も、無い。
千里眼に関しては聞いたが、それの他にも能力が有ったのだろうか。否、だったらギルはきちんと明かしているはずだ。遊びであったとは言えベルの攻撃のほとんどを躱していたのだとするなら、この少女の身体能力はかなりのものだという事になる。戦闘は出来ない、との言であるから、回避や逃走面に長けているのか。




「ありがとうでした」

「…てめぇもとっとと出ていけ。邪魔だカス」

「居るだけは、駄目ですか」

「何度も言わせる気か」

「じゃあ私も此処で寝ますです」

「、てめぇ、」




目を瞑りながら言ったXANXUSのこめかみに青筋が浮かぶ。横目でギロリと睨み付けるが、漣はじっと此方を見ていた。そして口を開いたには、ギルがスクアーロに何処かへ連れていかれたのと、どうせ出ていけばまたベルに追い掛けられるから、だ。"見"りゃいいだろうが、と彼は唸る。そのための能力だろうに。すると少女は首を振った――縦に、である。そこは自分で解っているらしい。だがしかし、でも、と漣が言った。




「私は今は、ボスと居たい、です」

「…。………そのボスの命令だと言ったら」

「拒否しますです」

「………チッ…」




随分と面倒で鬱陶しい事を引き受けてしまったようだ、己は。こうなったら無視を決め込めばいいと傍らの存在から無理矢理にも意識を剥がす。よくよく考えてもみると、乱されたままこんな思考を起こしている時点で普段のXANXUSでは無かったのだが、彼はこの時にはまだそれに気付いていない。
――2分後、男は足掻きを止めた。何より向けられ続ける視線が無視を許してはくれなかったのだ。もう1度大きな舌打ちをして、XANXUSは目を開け体を起こす。少女はその様子さえ眺めていた。よもやこれがこのガキの興味が失せるまでずっと続くのかとうんざりとした面持ちの彼に対し、三角座りでひたすら視線を注いでいる漣。彼女が、XANXUSの名を口にする。男はたっぷりと溜めてから、何だ、と唸って返した。




「その傷は、」

「…」

「…私には理由は分かりませんですけど、貴方がずっと地下で眠っていた事と、何か関係が有りますですか」

「――、…ジジィに訊いてねぇのか」

「ギルが、」

「…あいつが、何だ」

「いつかきっとあいつは起きてくるから、そしたら本人に訊け、って。…傷は、まだ痛むですか?」




ギル・ウォルター。生い立ちや素性を詳しく訊いた事は無かったが、この国の人間では無いのは確かである。その旧知の相手の顔が何とは無しに浮かんだ。いつにおいても食えない微笑を口元に載せていたあの男の事だ、同じような表情でそれを少女に言ったのだろう。再び、舌打ち。どうにも認め難いが、XANXUSはあれが、苦手、であった。ああいった表情は実にいけ好かない。他の人間がそれを見せようものなら腹立ちが噴き出す――だのにあの男に対しては、不快や憤りというよりも、とまで考えて思考を止める。
何処か不機嫌さを増したような彼に、漣は小首を傾げた。これまでに見てきたどの人間にも、こんな風に負の感情を出してくる者は居なかった、だからこそ生まれた興味は消えない。苦虫を噛み潰したような顔のXANXUSがソファーへ座り直す。隣に行っては駄目だろうか、いや、隣に首を曲げているよりかはまだ見上げている方が楽か。そうして眺め続けた。


…単なる気紛れだ、と、男は己に言い聞かせる。これは、この鬱陶しい視線をどうにかするための事。或いはただの一興だと。そうして彼は少女に目を遣った。眉を顰めたまま、言う。




「オイ」

「あい」

「1つだけ、どんなに下らねぇ質問だろうが答えてやる。そうしたら今度こそ出ていけ。いいな」

「…あい」




1つだけ。漣は視線を少しばかり外し、しばし逡巡してから、またXANXUSを見た。何故地下に氷漬けになっていたのか、傷が痛むかどうか、それとも他に何を問うてくるか。彼もまた思案していた。つまらない事を訊いてくるようであればそこまでの程という事だ。少女が口を開く。男はその質問に、ただ目を細めた。




「――ギルと居るのは、楽しいですか」

「……………1番マシだ」




ならいいです。と、彼女は本当に、本当に微かに、笑う。





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