鬼事



午後3時半をほんの僅かに過ぎた今、あの後しばらくしてからマーモン・ルッスーリアは共同で、レヴィも単独でと次々に任務へ出ていった。屋敷に残った幹部はスクアーロ(彼の場合残ったというよりもか帰ってきたと言うべきだが)とベルの2名。XANXUSと別れたギルと漣も、部屋を決めて2人で適当に過ごそうとしていた――のだが、報告書を書き直し終えたのか長い銀髪を靡かせ喧しく声を上げながらやって来た男が己の旧友を連れ去っていき、少女は1人となってしまったのである。煩いし、自分勝手だし、と彼女は少々ムッとしていた。廊下の中途から仕方無く向かう先は談話室だ。


誰も居ない閑散としたそこで1人、ソファーへと座る。さて、何をしようか。足首の辺りで交差させ、伸ばした脚、膝の上で組み合わせた手と指を弄んだ。つまらない、つまらない、つまらない。ギルは居ないし、XANXUSのところへ行ってもいいが邪魔になるのかもしれないし、と考える。何か無いものか。勝手に部屋を決めてそこで荷物を解き本でも読んでいようか、外に出てみてもいい。屋敷内の散策がてら彼の元へ向かおうかと思って、ふと"視界"に入ってきた1つの存在に目を遣る。…ベルフェゴール、だ。無意識の内に彼女は脚を上げ、膝を抱えてソファーの上で体育座りをした。




「…ししっ」

「…」

「ナニ?」

「…んむ、いいえ。ごめんなさい、見られるの嫌だったですか」

「べっつに」




部屋へ入ってくると、何がたのしいのか、金髪の王子はにたにたと笑みながら漣の正面にとすんと腰を下ろす。向こうの考えている事が分からない、というのは両者の内心である。少女は無感情に見つめているし、対してベルはただ笑っているだけ。目元が隠れているか口元が隠れている(漣は膝の上に組んだ腕へ口をくっ付けて埋めていた)か、或いは表情が有るか否か。違うのに、同じ。
もう1度一笑し、彼は言葉を発した。少女は微かに首を傾げる。




「なーお前さ」

「あい」

「今何歳?」

「じゅうななです」

「俺じゅうろく。じゃお前敬語ヤメな、タメんなかったら殺すから」

「…うん」

「あと、お前王子の事呼んでみ」

「ベルフェゴール」

「それもヤメ。ベルって呼ばねーと殺す」

「…ベル、何がしたいの?私ボスんとこ行っていい?」

「ダメ。お前は王子が遊ぶから」




王子と遊ぶ、では無いのか。と漣は思うが口には出さない。余りいい予感はしなかった。XANXUSの部屋とギルが居る場所とでは前者の方が近いから、逃げ込むならそちらがいいだろう。避難の算段を立てていれば、何を考えているのかは分からずとも注意が逸れている事は判ったベルが、たのしげであった表情を一転させ不機嫌な様子を露わにする。それを認めた少女は口を開いた。発する言葉がどういう結果を齎すかは予想をしながらも、敢えて。
やだ、とだけ返せば、やはり更に不機嫌さが増す。逃げ切れるかな、なんて余りにも呑気な頭の回転で以て漣は考えた。記憶力の良さ・瞬発力の高さ・逃げ足の速さが彼女の、千里眼以外の主な能力である。とは言え最後のそれは長くはもたないが。


持ち前の瞬発力で体育座りの姿勢から一気に体を起こし、スプリングを利用してソファーを飛び越える。驚く事無く、むしろ再びたのしげな表情と笑みさえ浮かべ、彼は少女を追ってゆったりと立ち上がった。――さぁ、鬼ごっこの始まりだ。





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