失笑



忠誠を誓ったとは言え、数年振りの再会なのだし祝い酒でもとすぐに態度を戻したギルに、微かに唇の端を歪めて鷹揚な頷きを返したXANXUSが立ち上がりながらメイドを呼び付ける。てめぇは、と、彼は少女を見下ろし静かに問うた。ココア、下さいです。それも用意しろとメイドに言い付け、ソファーへと向かうXANXUSの後ろ背をじぃと見つめてから、漣はその後に続く。とす、と腰を下ろしたのは部屋の主の向かい側に座る、ギルのすぐ隣、である。




「………」

「………オイ」

「ん?」

「ジロジロうぜぇ。躾けとけ」

「…あー、無理。っつーかイヤ」

「あ"?」

「俺結構放任主義だから」




にこ、と笑みを浮かべる男。面白い、という透けて見える内心にXANXUSのこめかみには青筋が立った。これにさえ動じた風の無いギルと、彼がそうだからか同じく何の危機感も持たずにいるらしい漣である。もしこの場にベルフェゴールやルッスーリア等が居たなら、己らの上司の様子に冷や汗を垂らし一触即発といったところだろう。だのに悠々と構える男に、XANXUSは大きく舌打ちをして苛立ちを紛らわせた。


そしてほんの数分後。そこへノックが響き、声と共に扉が開く。カラカラと小さく音を擦らせてカートを押し入ってきたメイドが、飴色の液体を内包したショットグラスの2つ載ったトレイを各々に差し出した。漣には勿論ココアを。ありがとうです、と言えば僅かに驚いたようにしてからメイドは微笑む。厚手のマグカップ、では無く、デザイン性の高いティーカップに注がれていたそれはとても滑らかな水色だ。少女は一口そのココアを飲んだ。美味しい。が、上品な甘さは少しだけ、足りないなぁ、と思ってしまう。次に頼む時には調整しておいてもらおう、と考えながら、また一口。
――その次の瞬間の事である。唐突にバァンと開かれた扉の方向へ、反射反応のようにXANXUSが横手でグラスを投げ付けたのは。ガラスの割れる音と野太い悲鳴、メイドの短い震えた声。1拍遅れてギルと漣が、2人共驚いた顔でそちらを見遣るとそこには頭を押さえた銀髪の男が居た。雫がぼたぼたと床に垂れている。




「…スク、」

「う"おおぉぉぉぉおおおいザンザスてめぇぇぇええ!!」

「るせぇドカス!!!!」

「、いやどっちもうるせぇよ…ってか酒、酒が。グラスも…」

「…メイドさん、大変ですね」

「…あ、いえ…」




呆れた表情と、淡々とした声音と、びくびくしながらも疲れたような笑み。残る3人は三様に。メイドの反応を見た限りでは中々に茶飯事であるらしく、これでは同情せざるを得ない。更に声を上げようとしている銀髪の男へ、彼女から受け取ったタオルを投げ付ければ瞬間的に黙る。ギルの存在を見止めて(気配で気付いてはいたにせよ、意識はグラスが直撃した頭とそれをやった相手に飛んでいたのだ)舌打ちをする彼。XANXUSが自分にも寄越せと目で言うが、メイドは顔を青くしてすぐに取って参りますのでと慌てた。
漣がポケットからハンカチを取り出して、少しだけ身を乗り出し、それを差し出す。




「どぞ、です」

「…」

「…嫌ならいいですけど」




眉を顰めた男に少女は手を引っ込めた――否、そうしようとして、叶わない。白くて細いラインの入った黒いタオル地のそれを奪って、XANXUSは少々濡れた右手からを乱雑に酒を拭き取っていく。やはりその様子を漣はじっと見つめていた。
…このガキは、何だ。頭や顔を粗方拭き終えたスクアーロは少女を微かな怪訝で以て眺める。XANXUSとの妙な遣り取りもそうであるし、ギルの隣へ隙間無く座っているところから察するには恋人か何かだろうか。実際にはどれだけ年齢差が有るのかは知らないが、よもや旧友はロリコンだったかと思いながらメイドへタオルを返した。にしてもこんのクソボス、などと心中で悪態を吐きつつ、報告書を提出しようとして、あ、と気付く。




「――う"おおおおぉぉぉい!!報告書がおじゃんだぜぇ!!」

「だったら書き直してこいカス」

「誰のせいだと思ってんだぁ!」




子供にも判るだろう、投げ付けられたショットグラスに入っていた酒のせいだ。インクが微妙に滲んでいる紙をグシャリと握り潰し、しれっと言い放つXANXUSへ青筋を浮かべてスクアーロは叫んだ。全く珍しい事では無いが、それ故に毎回彼は憤る。そもそも報告書作成が苦手だというのに、こうもよくよく書き直しをさせられるのはどうも不運なものだ。本日3度目のクソボスという悪態をついて、ギルとも碌に話す時間が無いまま部屋を出ようとしたところで耳に入る言葉。




「ギル」

「んー?」

「あの人、煩いね」

「ぶはッ!」

「ぶふっ!」

「んな"ぁあ?!」




反射的に振り返ると、愉しげに笑うXANXUSと肩を揺らしているギルと、きょとんとした顔の少女を見た。マジで何だあのガキは…!とは、恥ずかしさなのか怒りなのか、赤面して震えるスクアーロの心の叫びである。





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