能力と過去



「ま、漣、それはまた後で」

「、あい」

「ザンザス、最後に1つ」

「…まだ有んのか」




うんざりした顔を露骨に示したXANXUSに、少女のとある能力について言葉を続ける。これを知っているのは9代目と自分、それから門外顧問の沢田家光、そして本部幹部だ。極力は余り公にならないように気を付けていた、という程度の機密性ではあるが、今回漣も監視役を任されたのには1つその事が有った。透視とも呼ばれ、特に日本では浄天眼とも言われる能力――千里眼。




「範囲は約2キロ圏内…調子が良くて3キロいくかいかないか。それから何でも視える訳で無くて、透視というよりは追跡能力みてぇなもんだ。特定のための個人名――これは本名でも偽名でもいい、プラス顔が判ってればオーケー」

「何故そんなもんをそのガキが持ってる」

「ガキじゃなくて、漣な。ちゃんと呼んでやってくれ。…何故か、は分からん」

「…」




分からないのはそれに留まらない。生い立ちも本当の名も、漣というのはギルが付けたものだ。彼が、少女を拾ったのである。5年程前、あれは雨の降る日だった。ずぶ濡れの小さな子供。余りにも細い肢体、身形はみすぼらしい。だのにギルの目を引いて放さなかったのは、その人間の瞳であった。灰みを帯びた青は一片の曇りも無く、何を思い考えているのか、分からない、それが彼の興味を強く引いたのだ。弱冠18歳では青年と言うには幾らか若く、少女と言うにはまだまだ幼い。2人の出逢いは、"この世界"ではそう珍しいものでも無かった。
丁度卒業して3日後の事。XANXUSを養子として迎え、そして自分を引き入れたあの翁ならば、何も言わずにこの子供も引き取ってくれるだろう。仮に叶わなかったとしてもその時は己が何処かに家を借りて養おう――そうギルは幾つか考えを纏め、小さな人間の頭上へ傘を被せたのである。




「こいつは5年くらい前に俺が拾ったんだよ。学校を卒業してすぐにボンゴレに入って――9代目に引き入れられた、と言う方が正しいが、2日後に下の街へ出させてもらってそん時に、な。漣というのは俺が付けた名前だ。訊いても何も憶えていないと言うし、どれだけ調べても何の記録も手掛かりも出てこない。勿論カポ連中からは危険視する声が上がったが、9代目が大丈夫だと…鶴の一声だ。それでも何か有った時には俺が責任を取る事になったし、面倒見るのも当然拾った自分って事でな」




千里眼のような能力を持っているという事が判明したのはそれから数ヶ月程後だ。メイドの1人が行方不明になり、捜索が難航していたところへ漣が進言したのである。アマンダは裏の庭の北西の隅のところの土の中に居るです、と。遊んでいる訳では無いのだと幹部達は聞き入れなかったが、9代目が調べさせた――そして結果、土中から死体となって発見された。どういう事だお前がやったのかと困惑しながらも詰問する者々、それに無表情のまま頭を振る漣。ただ見えただけだと彼女は言うものだから、だからどういう事なのだと声を更に険しくした幹部を静かに制止した9代目は、穏やかに少女へ話し掛ける。


『見えた、と言ったね』

『あい』

『では、幾つか質問をさせておくれ。まず…ギル君は今、何処で何をしている?』

『9代目、それは質問とするには、』

『いいから。…漣、答えてくれるかい』

『あい。ギルは、今下の街の花屋で、おばさんから花を受け取った、です。白くて、大きくて、花弁の先っぽがちょっと紫の色で…えぇと、名前は分かりませんです。でも、ちょうちょみたいな花です』

『…胡蝶蘭、かな。帰ってきたら確認してみよう。…次は、ヴェッキオ。彼はどうだい?』

『ヴェッキオさんは――』


答えられる場合も有れば答えられない場合も有った。分からないと僅かに申し訳無さそうな表情をした時の理由は必ず、名前と顔が一致しないか、或いは近辺には居ないというものだ。挙げた内の1人は確かに国外での任に就いていたし、試しに新人の名前で古参の者を探させたら、彼の名前はダンテでは無いのかと不思議そうに訊ねてきた少女へ、本当の名前はこれだと偽るとあっさり信じたらしい漣は頷いて居場所を行動を明かす。確認のために通信すれば、やはり彼女が言った通りである。ふむ…、と9代目が思案を始めたところで、丁度響いたノックの音は最初に訊ねた者がしたものだった。
お入り、と、部屋の主の許可。失礼しますと言いながら扉を開き中へと足を進め、幹部達が揃っている事には気付きつつも、やたらを視線が刺さるのは何故だろうかと改めて面々を見遣る。彼らの驚いたり訝しげであったりする表情、身に憶えの無いものにはて何だと首を傾げた。体を此方へ向け、お帰りなさいですギル、と言う漣。その奥には何処か楽しげな様子で微笑む翁の姿が在る。


『…、えぇと』

『お帰りギル君。それは、デンドロビウムだね?』

『、只今戻りました。えぇ、デンドロビウムです。帰りがけに買ってきたのですが…皆さんお揃いで、それから漣も居るという事と何か関係でも?』

『寄った花屋は、ペトラさんのところで間違い無いかな』

『…よく、ご存知で。9代目によろしく、と言われました。ご贔屓でしたか』

『あぁ、彼女の仕入れる花はどれも綺麗でね、よく注文しているんだよ。それは私が貰っても?』

『えぇ、勿論。そのために持ってきたものです。気に入ってもらえればと思っていましたが、それは良かった』

『ありがとう。どれ、早速飾らせよう…ガナッシュ』


終始無言で9代目の傍らへ佇んでいた若い男(その場に居るのは中年・壮年がほとんどである)がギルからデンドロビウムを受け取り、彼が扉の方へと歩いていくのと逆に、執務机の前に立っている少女の元に近付いた。彼女は依然として無表情である。この子供はいつもそうだ、笑いもしない、怒りもしない、泣きもしない。その代わり、行動で以て示してきた。寂しかったり嫌な事が有ったりすると、抱き着いてくる。手を握ってきて、力の強弱を付けてくるのは何かに興味が向いているか――或いはそう、今みたいに、不安を感じている時。
どうして"こう"なのかは知らない。だけども己が拾った以上、何処までもいつまでも味方でいてやりたいと、思うのである。ふと、とある学友のとある言葉が頭を過った。妹だけは絶対に守ってやりたいんだ、と。あの時はただそうかと微笑んで返したが、今なら彼の想いもよく解る。自分が留守にしていた間に起きた一連の出来事を語っていた9代目が、全てを伝えきって小さく息をついたのを聴きながら、1つ瞑目して後、翁を見据えた。


『…俺はこいつに、言いたい事は遠慮せずに言え、とは言っていても、隠し事をせずに何でも話せ、とは言っていません。――出逢った時、この子供は粗末な身形に似合わない、ひどく澄んだ目をしていました』


それを、曇らせてはならないと、そう思ったのだ。仮に漣がその能力を隠していたのだとしても、咎めるつもりは無い。ただそのせいでボンゴレに迷惑を掛けるようであるのなら、自分は此処を、ひいてはイタリアを去ろう。或いはもし、この能力を悪しく使うようなのであれば、親として漣を叱るつもりでいる――ギルはきっぱりと言った。申し分はこれだけで、全ての判断は貴方に委ねると。それから言外には、漣はメイドを殺してはいないとも。
翁はまだ青年に充ちきらない彼を見つめた。暗みを帯びる金の眼は、歳に釣り合わない深みと、そして確固たるものを湛えている。拾ったのは自分だからと、しかしその責任以上に、この子供を想っているようだ。――関係性は、似ていた。己と、今は地下で眠りに就いている者とのそれに。だけれどより密で、強く、深く結び付いているのは悔しきかな、ひどく若いこの2人だ。


『――俺は、いいと思いますよ』

『…ガナッシュ』

『台詞、盗ってしまいましたかね?』

『全くだ』


デンドロビウムを生けた花瓶を抱えて戻ってきた男は、どうやら話を聞いていたらしい。悪戯な笑みを小さく浮かべた彼に老人はやれやれと溜息を吐く。幹部達はそれが9代目の意思意向なのならと苦く笑い、ギルは漣の頭を優しく撫で、彼女は気持ち良さそうに目を細めた。




千里眼の能力を語るに不要な部分は省きつつ、事のあらましを話して聞かせる。見える範囲は変化が無いが、数年の間に精度は上がってきたし、コントロールもよく利くようになった、それからいわゆるズームイン・ズームアウト等も可能になった。追尾・追跡も出来る。戦闘は無理でも、そういう系統のサポートであれば中々の助けにもなるだろう。マーモンの粘写と組み合わせるなりそれの補助とするなり――とは言え、やはり余り危険に晒させたくは無いが。




「と、まぁそういう事だから、把握だけしといてくれ」

「………」

「取り敢えず、話は以上だ。…以後、貴方の手足として存分に使って頂きたい、ボス」

「………フン、いいだろう。揮えよ、ギル・ウォルター」




左胸に右手を宛てがい、目を伏せて軽く頭を下げたギルを鼻で笑ったXANXUSは、何処か愉快を滲ませていた。





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