「貴女にとっての大切なものが『此処』で、貴女の愛する人となったのが彼であったというだけ。私にとっての大切なものが、そして愛する人というのも、そのどちらもが、××であったというだけ。私が失いたくないのは××以外に誰も居ないし、そして何も無い。私には選択肢が1つだけしか無いというだけの事で、それが強さや弱さに関わる訳では無いのです」
――ですから蛇姫、ボア・ハンコック嬢。ある意味では…選択肢の数を考慮するとすれば、私なんぞよりもよっぽど貴女は、お強いお方だ。
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「『時』というものは自然的ではあるけど、その概念をモノとして捉えているのは人間ぐらいな訳で、それに攻撃が当たった場合には普通に血が出るし、そう考えるとパラミシアなのかもしれないね。単純なパワーではゾオンになんて勝てるものでは無いし…私の能力、完全なテクニック系だからねぇ」
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「壁を越える方法なんて幾らでも有るでしょう。誰かの助けを借りてだとか、越えようなんて考えずブチ破るのだって1つの手、或いは小細工して越えやすくする事も出来るんだよ。絶対に越えられぬ壁など無いとそう考えるのも別段悪いものじゃないし――ん?あぁ私?あっはは越えようなんて思いませんよめんどくさい、人でも雇って掘削機使って穴掘って抜けますよ下からね」
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「私は可能な限りに楽をしたい。だから本当は、こうやって仕事をこなしたりするのも好きじゃない。だって疲れるし面倒だしね。…だのに何故行動しているのか。それはやらなければならないからじゃないの、やれば後で自分に利益が来るからなの。だから仕方無い事と思って、出向くの仕事に。私は世界なんていつ滅びたって構わないんだよ、私には関係が無い事だから。だけど、世界が滅びたら私は楽出来なくなるか或いは同じように滅びてしまう。だから滅びへのルートは可能な限り潰さなくてはならない、だから私は疲れようが面倒だろうが動く――だって、まだ死にたくないし。つまり後の大変さを考慮して我慢してるってワケ、お解り?」
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「貴殿を"仏"と見込んで1つ私から提案が有る。………此度の戦争、血が流れすぎた。先にそこの若い海兵が一言発した通り、無意味に命が無駄と散った。この地は穢され、犯され、故に壊れすぎた。――なぁセンゴク、無かった事にしはしまいか。今日、此処で失われた全てを。元に戻さないか。重くも軽くも無いエドワード・ニューゲートの魂は大きすぎて、それを取り戻す事だけは幾ら私であったとしても致せぬ事だが…火拳のエースや魔人オーズ、そこらに転がる一海賊一海兵であればこの数、そう出来ない事は無い。それでは納得いかないと、ふざけた事をと言う者も居るだろう。例えばそこの赤犬然り、或いは海軍を憎む者然りはたまたその逆も然り。此度の戦争は一体何のためにと、そう思う者も、居るだろう。単なる戯れであったと嘆ずるも然りだ。…海軍を憎むな、海賊を憎むなとそう言うのはつまらぬ呟きに他ならなく、そう諭すのは詮無き徒労でしか無い。正義と悪とは常相対するものであり…そうだね、私としてはミスター・ドンキホーテの言うた通り『勝者だけが正義』だと思っている訳だけどまぁそれは今に関係の無い事か」
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海賊は嫌いか。そう訊かれたから、別にと一言返した。
海軍は嫌いか。そう訊かれたから、別にと一言返した。
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私はアンタを寂しい奴だと嗤う。そしてアンタはそれを否定する。どちらが正しいか正しくないかでは無い、各々が勝手に思い込み続けていればいいだけの話だ。
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『どうでもいい』
自分で放ったその6文字が、心を黒の油性ペンで塗り潰した。
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無意識にそれを莫迦にして、せいぜい頑張れと嗤った自分が居る事に気付いて。自嘲するだけでは到底、足りない。
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※佐助
数多の命の灯火を消して、数多の命の鳴動を奪い、数多の命の水流を吸った。どれだけ重い罪を犯したか、どれだけ他の魂を刈り取って、どれだけ紅い血を被ったか。洗っても洗ってもこびり付いて落ちない粘液は、赤黒く染まった手はただの幻であると解っているのに。鉄の臭いを放ち続けるこの身体は、ただ穢い。
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※佐助
見下ろした眼下を隈無く視認出来るような高い所が、好きだった。全てを飲み込み喰らい尽くすような音の無い暗闇が、好きだった。本音を隠してにこにこと笑んだ外面を造る事が得意で、自分の存在を根底から消し去って周囲に溶け込む事が得意だった。聴覚が良ければ視覚も嗅覚も良くて、人を口八丁で丸め込む事に長けていた。
真っ赤な血のその錆臭さが、堪らなく心地良かった。
『日常』にいつも物足りなさを感じていて、『普通』という概念や基準から自分が浮いて離れている事を自覚するのに大して時間は掛からず、己は異質であるのだと、そう確信したのは確か中学生になった辺りだったか。達観、などと聞こえの良いものなんぞでは無い。全てを何ら感情の無い無機質な目で視界に入れている、それだけの事だった。
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※佐助
懐疑的なのはいつもの事、猜疑心の塊であるような気がしてならない自分が哀れで惨めだ。真逆の彼女はこんなにも純粋で、まっすぐで。その澄みきった青灰に射られる事がこんなにも息苦しく感じてしまう程に、でも、そんな自分も嫌いで無くて。
貼り付けた笑顔の仮面が簡単に剥がれて、覆い隠されていた素面がひょっこり日の下に姿を現して、そこには気持ち悪い程に甘く成り下がった嘘偽りの無い笑み。彼女だけが見る事の、知る事の叶うとその唯物性も、また。
むしろ、その方が、自分は嬉しいと。何も考えていない脳味噌の中に心臓の奥から送られてきたその単純明快な感情は、要するに彼女が、好きであるのだと。
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※クレア
紅いはずの瞳が、そのガラス玉が真っ黒にしか見えなかった。濁っている訳では無い、淀んでいる訳でも無い。ただひたすらに深く、濃く、何処までも黒かった。
喩えるならばそう、果ての見えない漆黒の闇。
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※佐助
単なる気紛れや気晴らしなのかはたまた悪意の有る悪戯なのか、或いは私怨が有っての事なのか。いずれにせよ、カミサマが私を嫌っているという訳か。
何処までいつまでこの、ふざけた人参頭と私の縁の糸を繋いだままにしておけばその気が済むのだ。
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未だに、相も変わらず彼は私に過保護で、それでいて私をべたべたに甘やかしてくれていた。
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佐助が娘を連れてきた。否、あれは抱き抱えてきたと言う方が正しいかもしれない。くたりと脱力しきったその小さな身体を、高価な陶磁器を扱うかのように抱く佐助のその娘へ向ける眼差しが、えらく優しく柔らかいところを見るとあの言葉は珍しく真であったのだと。そう思わずにはいられない、そんな秘められた確実性を確実視せずにはいられない。
何とも喜ばしい、それが正直なところの感想だ。佐助が真を吐くのは本当に珍しく、俺でさえ片手で済んでしまう程の数少なさなのだから。
娘はその真を幾度と無く身に受ける、その珍事を幾度と無く身に受け得る事になるだろう。それが少しだけ、悔しい。長年の付き合いであるはずの俺が、たかだか十数年しか生きていない小娘に抜かされる、などと。悔しくない訳が無かった。
ただ、結局いつかには訪れる事なのだ。それが今であったというだけで、仕方の無い事であるのだから、俺がどうこう言えた事では無いのだ。
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いつしか或いはいつからか、また違った部類のそれになってはいたが、俺は彼女が好きだった。可愛いだとか何とも無く構いたくなるだとか、妹に対するようなであったり小動物に対するようなであったりとそんな感覚で。俺は、彼女が好きだった。或いは娘が可愛くて仕方の無いドーターコンプレックスであるような父親だ。感覚と心境はイコールで繋がるのも間違いとは言えそうに無い程に。
それが。『好き』が、1人の女を愛しい、と。そういう想いに変わったのは果たしていつの頃からか。何度思い返して記憶を掘り返してみたところで、この時だと確実性の有る答えは出ない。恐らくはこの辺りだ、という曖昧なものであれば挙げる事は可能であるのだが。
もしかすると、一目惚れにも近かったのかもしれない。出逢った瞬間に惹かれていたのかもしれない。
その目に。その髪に。その声に。その言動1つ1つに。
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指折り数えていく彼女に嗚呼可愛いなぁと笑みを洩らしたところではたと気付いた事が有った。
「…、ちょっと待て、『××』って誰だ?」
切ない、寂しい、悲しい。責めるようでは無いのに、駄目なのかと今にも泣きそうな顔をする××に何故か負い目を感じてしまう。駄目、とは言わないが。確かに駄目では無いが、俺は、嬉しい訳も無く。
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「酷いよねーこっちは辟易してたってのにさぁ2人共我関せずみたいな態度あからさまに取ってるし?」
「(佐助こええええええ)」
そう、恐い、佐助が。顔こそ笑みを浮かべてはいれどその裏は黒々と逆巻いた何かが在るような、要するに彼は怒っていると。一体全体何にそこまで、と言いたくなるも言えないのは此方に原因が少なからず有るからであり、そしてまたそれを問うたらどんな切り返しをされるかが予想出来るからである。恐怖が3倍に跳ね上がるのだけは非常によろしくない事態だ、何としてでも避けねばならない。
自業自得だろうか、いやしかし私と相棒の葛藤もどうか考慮に入れて頂きたいのだ。
「でっでもさぁホラ、さっきのお姉様方ふっつーに美人だったじゃねっすか!香水臭かったか?!ケバかったか?!そんなに嫌なもんだったか?!むしろ代わってほしいくらいだったっすよ!!!!」
悔しかったのか理不尽だと感じたのか、半ば逆ギレを起こした相棒の言葉に佐助は不意を突かれたらしい。ぐっと詰まった彼に対して、そうさせた当人はこれまた中々悪どいしたり顔である。
***
いきなり背後から抱き着かれたのには、流石に驚いて声を上げてしまった。何だ何だと腹に回されて白衣を握る手を見てから肩越しに後ろを覗くと、そこに居たのはやっと最近になって見慣れてきたばかりの女子生徒で。つまり抱き着いてきたのは、その子。である。訳で。
見ただけでその手触りが想像出来る程に柔らかそうな、自分とよく似た色素の薄い頭髪に無意識に目を細めたのは何故だろうか。
「…あ、えっと…?」
「………」
些か戸惑いながら声をかけたが無反応で、否、更にきつくなった締め付けには此方も更に戸惑ったのだが。
誰かに見られでもしたらまずいかなぁ、なんて頭の隅で苦笑して、だがしかし声にも滲ませず表情にも出さずオーラも纏わずにその名字を口にした。表にする事は無くとも存外に放してはくれないかと含めて。
***
「貴方達には学園祭での監視役をやってもらうわ。これだけ人の多い学校の学園祭となると、元々多い生徒数に来客数も含めたら、たかだか百人にも満たない教師だけでなんてとても出来たものでは無い事ぐらい余程の莫迦で無ければ判るでしょう?新規参入の生徒は渡した資料にきちんと目を通しておきなさい。条規を知らなかった、だなんて言い訳では済まされないのだから。勿論新規参入では無い生徒も、去年と大して変わりは無いけど確認しておく事ね。それから、各学年より2人ずつ、全体の纏め役として人員を選出するわよ。3Bのうちはイタチ、3Dの須藤暁人、2Bの奈良シカマルと××、1Dの△△、1Eの相澤虹一。何か不備が起きたりした場合には以上の生徒に指示を仰ぎなさい」
――私からは以上よ。質問が有る人は?
「無いみたいね。それじゃマルコ先生、後は頼んだわよ」
「責任者のマルコだよい。当日お前らにはトランシーバーを1機ずつ渡すから、有事の際にはそれで連絡してきてくれ。で、今年度の監視動員数は合わせて約50人。例年に比べるとちぃっと少ねェから、1人1人の負担が少しばかり増える事になる訳なんだが…まァそこはどうにか我慢してくれよい」
「よくよく頭に入れておいてほしいのは、あくまでお前らは生徒だという事だよい。監視役員、なんて大層な肩書きこそ有れどお前らがこの学園の一生徒に過ぎないっつー事実に変わりはねェ。万が一の事が有ったら下手に手なんざ出すなよい、すぐに教師に助けを求めろ。怪我されてつらいのは何も手前だけじゃねェんだ、この意味解るだろい?」
――嫌な話、下らないプライドだの見栄だので怪我されてでかい流血沙汰になりでもしたらよい、最終的に欲しくもねェ責任負う事になんのは俺達教師だ。大人だ。それが現実で事実。
「こっちゃあこれで飯食ってんだよい、頼むからクビにしてくれるな」
***
「あー…思うにこれAランクの程度じゃねっすね、受けたの私らで良かった」
「…チッ、クソが」
「キレないのーミスター。…ま、取り敢えず報酬は1ランク分引き上げてもらわんと割に合いませんな」
「当然だ」
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※シカマル
空の狭い街中は、余り好きでは無かった。実家の周りの延々と開けた田園だとか、裏山の頂上近くのぽっかり空いた場所だとか、そこから見上げる空の広さに勝るものは在るのだろうかと思う。砂漠や遥か上空ならば、と挙げても大して現実味を帯びていないからその辺りを考慮してだが。
虚では無いそれは空で天で穹でつまりソラ。
(包まれた気がした)
(だから俺もお前を)
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焦れて焦がれるような愛切に幾度と無く目を瞑ってきた。好きだと一言、その一言を言うのが怖くて。関係の崩壊を恐れる自分がひどく面倒だった。臆病な自分を面倒に感じて仕方が無かった。
***
暗闇で水が跳ねる。パシャン、パシャン。何かが泥水を散らした音が路地に響いた。そうして束の間。バシャバシャバシャと先程よりも数段忙しなく荒々しい音が後を追う。
***
流注れる泪が静閑かに不知かの終焉りを報せる。
例えばそれは鎮魂歌、例えばそれは聖譚曲。
(歌えよ者共、)
(語れよ者共、)