好きだから喧嘩したい | ナノ

好きだから喧嘩したい


イライラする。無性に。
漸く二人きりになった帰り道でそれを訴えても、吏人は「そうスか」と言って特に何かしようとか何があったとか聞いてこない。それが更にイライラとして、思いきり鞄を投げつけてやりたくなる。
苛立ちの原因は明確だ。
部活に新しく入ったマネージャー。二年の蘭原。可愛い女子で世話好きで仕事も出来る。ぜひとも彼女にしたいタイプだ。そんなポテンシャルの高い子が、自分の恋人に猛アタックしてるとなれば穏やかでいれる訳がない。

「吏人、俺に言うことあるだろ」

何か苛立ちを紛らわす言葉を催促すれば、吏人は少し悩む様子を見せた後、ゆっくり口を開く。

「明日、佐治さんと登校できないス」

期待した答えとは違うただの連絡事項。しかも悪い内容だ。胸の奥にずっしり重いものが落ちた。

「あーそうかよ」
「はい。柚絵さんと打ち合わせがあるんで」

悪いどころか最悪の内容に、「は?」と声が洩れる。この上ないくらい不機嫌な声色だったと自分でも思った。

「打ち合わせなら俺も早く行けばいいだけだろ?」
「時間空くっスよ」
「学校着いたら練習すりゃいいし」
「用具の場所とか教えたいんで動かさないで欲しいんス」

いつもなら俺が積極的な態度をとれば、嬉しそうに口角をつり上げるのに今回はそれがない。怪しい。としか言い様がない。早朝の用具室に男女が二人きり。ベタな恋愛ものにありそうな展開だ。

「やっぱ女がいいのかよ……」

溢れた呟きに、吏人が足並みを崩して反応した。

「佐治さんも女子が好きなんじゃないスか?」

なんだよ、それ。
鞄を持ち直す手が力む。

「ふざっ、けんな」

バスンッと音を立てて、吏人の顔面に鞄がぶつかった。俺に投げられた鞄はそのまま地面へと落ちる。

「……なにするんスか」
「お前が何なんだよ! 蘭原、蘭原って、そんなに蘭原と付き合いてぇのか!」

痛そうに鼻を擦る吏人を放って、勢いのまま怒鳴りつける。

「俺が邪魔ならハッキリ言えよ! 別れてから、そういうことしろよ! ずるずる関係続けんなよ!」

最後には泣き言になっていた。

「女がいいなら最初から付き合うなよぉ……!」

情けないとは思う。
世間的には俺の方がおかしいことも分かっている。
せめて何とか涙は塞き止めて、顔を上げた。
吏人は黙って身を屈めて、俺の鞄を拾っていた。

「佐治さん」

鞄を手渡すその動作も、名前を呼ぶ声も、いつもとなんら変わらない。

「たまには喧嘩もいいスね」

さっきとは違う素っ頓狂な「は?」が俺の口から飛び出した。

「心配しなくても俺は佐治さんが好きだ。佐治さんと結婚したい」
「な、え、結婚?」
「子供は作れなくても養子をとりましょうね」

話に着いていけず呆然とする俺に、吏人は口角をつり上げて嬉しそうに話す。

「嘘っス」
「嘘?」
「明日一緒に登校できないのも、柚絵さんとの打ち合わせも」

一瞬『好き』が嘘と思い動揺したが、続いた言葉に安堵する。そしてよく頭を回して、自分が吏人にからかわれていたと理解した。

「おっまえ……なぁ!」

安心して、今度こそ涙が零れ落ちそうだった。受け取った鞄で吏人を何度も何度も殴って堪えると、不意に抱きしめられた。

「女でも男でも、アンタ以上の人がいる筈ないじゃないスか」

こいつは相変わらず俺の弱い所を知っている。もう一発殴ると、後はもう殴れなかった。

「なんで喧嘩をけしかけたんだよ?」

不機嫌な声を作って聞けば、吏人は「それですよ」と俺を指差した。

「佐治さんの反応が見たかったんス」
「喧嘩した時の反応を?」
「好きな人のことを何でも知りたいと思うのは普通でしょ」

吏人は殺し文句を言うと、よしよしと頭を撫でてくる。

「でも泣くとは思わなかった。ごめんなさい」
「泣いてねぇし」
「すっごい涙目スよ」
「泣いてはねぇし」

自分の答えに自分で笑ってしまう。

「吏人。お前すげー意地悪だな」

ちょっぴり本気の恨みを込めて責めれば、吏人は飄々としたていで言い訳した。

「だって佐治さんが好きなんスもん」

酷い言い訳だ。何も言えなくなるじゃないか。
好きだからこその喧嘩なんて、心臓に悪いんだからな。
視線で訴えると、また優しく頭を撫でられた。