年の差ふたつ 佐治さんが年上だと感じる時。 威張られた時。 勉強を教えてもらった時。 進路を考えた時。 俺の知らない佐治さんの顔を見た時。 高校最後の一年。この人は何を思って過ごしているのだろう。 いつもの練習の後、他の先輩方とわいわい喋りながら着替える佐治さんはとても楽しそうに見える。 「今日はディフェンス上手くできたぜ」とか「前より走れるようになったんじゃないか」とか、練習の成果を夢中で話している。 そう俺と同じサッカー少年に見えるのに、佐治さんは時々大人っぽい顔つきをする。 冷静な、どこか遠くを見ているような。 「どうした? 佐治のこと、見つめちゃって」 わかめ頭の先輩が、いつの間にか俺の真横に入り込んでニッと笑う。この人はいつも佐治さんと一緒にいて、よく佐治さんのことを知っている。見ていてそう思う。 「佐治さん、時々いつもと違う顔になるじゃないスか。アレ、なんでスか?」 質問すると、先輩は一瞬驚いた顔をした後、妙に納得したような様子で口を開いた。 「あれは焦ってんだよ」 「焦ってる? 佐治さんが焦燥感に駆られてる時ってギリギリしてるじゃないスか。そういうのじゃないんス」 「それじゃない。佐治はな、昔の事とか先の事とかどうしようもない事に対して焦る時は静かな顔するんだ」 頭の中で意味が繋がらない。正しく言うと、俺の知ってる佐治さんと先輩の言う佐治さんが被らない。 「つまりどういう事スか?」 再度説明を求めると、「説明の説明は難しい」と悩んだ末に断られた。 まだ付き合いが短いから分からないのか、一緒にいる内に分かるようになるのか。分かるようになるまでの時間はあるのか。考えれば考えるほど、ぐるぐるとこんがらがるようだった。 「つまり俺が佐治さんになれば分かるんスか?」 「お前が俺になったら劣化するだろうが」 コツンと頭に軽い衝撃。振り向くと、佐治さんが猫の手のような拳を作って立っていた。 「一体なんの話してたんだよ」 「お前がいつもと違う顔すんのはなんでかって話」 「なんでそんな話してんだよ」 先輩は「気になるからだろ」とおどけると、俺と佐治さんを残して他の先輩方の話に混ざりに行った。 「気になる……?」 佐治さんは先輩を見ながら呟くと、次は俺を見て首を傾げた。 「佐治さんって時々大人っぽい顔しますよね」 きょとんとした顔。その後すぐに意地の悪そうな笑顔になった。 「そりゃお前より年上だからな。色々考えなくちゃいけねぇ事もあるし」 「考えなくちゃいけない事ってなんスか?」 「進路とか……ほら、これからの事が色々あんだよ」 そう言って佐治さんはさっきから俺がよく理解できない顔になった。何を考えているのか分からない。近くにいるのに、遠く感じるようなそんな不思議な錯覚が起きる。 「なーに、小難しい顔してんだよ」 俺の頭をくしゃくしゃにするその顔は、いつもの笑顔だった。 「お前も三年になったら嫌でも分かるぜ!」 楽しそうに先輩風を吹かせて佐治さんは笑った。 年の差ふたつ。 たったそれだけで分からなくなる事がある。 埋まらない差だけれど、気にするのは子供っぽいかも知れないけれど、早く分かるようになりたい。 少しでも佐治さんに近づきたいから、そう願った。 |