必ず来る別れについて話そう | ナノ

必ず来る別れについて話そう


ずっと一緒にいられるならどんなに幸せなんだろう。
だけど、来年の春、もうこの人は此処にいない。


「佐治さん」

もうすっかり人が出払った部室で、好きな人の名前を呼ぶ。

「どうした?」

返事が来ることがどうしようもないくらい嬉しくて、俺に膝枕してくれているその太ももに頭をすり寄せる。

「いてぇよ。動くな」

本当に痛そうに顰め面になるので思わず笑ってしまえば、「バカ吏人」とデコピンをくらった。
痛がる俺を見て、佐治さんは今度は逆だな、と言いたげにいたずらっぽく笑う。

「痛いっスよ」
「痛くしたんだから当たり前だろ」
「手加減してください」
「お前に手加減って言葉は似合わねぇよ」
「それ、褒め言葉スか?」

聞けば「当たり前だろ」と頭を撫でられる。
優しい撫で方だ。佐治さんは穏やかな笑みを浮かべながらそうしていて、とても癒される。なんて、幸せな。

「おい、吏人。寝るなよ」
「寝ませんよ」
「今すごく眠たそうだったぞ。疲れてるのか?」

疲れているなんて考えたこともなかったが、心配そうな佐治さんの表情に少し悪戯心が生まれる。

「疲れてたら何かしてくれるんスか?」
「……膝枕してるだろ」
「なに警戒してんスか。もう俺達以外ここにいないのに」
「ちょっと待て。なにするつもりだよ」
「俺は何してくれるのか聞いてるだけですよ?」

念を押すように笑顔を向ける。
佐治さんは俺が何かしてくるんじゃないかと疑った目で返してくる。
沈黙が数十秒間流れたと思うと、根負けた佐治さんが軽い溜め息を吐いた。

「……お前が疲れてるんなら、なんだってやってやるよ」
「本当スか?」
「本当だよ。ただ疲れてるんだから、激しい活動とかはダメだぞ」

佐治さんの言う激しい活動が何を指しているのか瞬時に分かった。
堪えきれず失笑してしまうと、佐治さんは恐いくらいの笑顔で「そうか。そんなにこれを喰らいたいんだな」と手でわっかを作り始める。

「デコピンはもう腹一杯っスよ」
「なら、そのムカつく顔をなんとかしろ。にやにやしやがって」
「佐治さんが可愛いこと言うからいけないんです」
「かわっ、いいってお前なぁ……」

僅かに赤くなった顔を隠すように手で押さえる佐治さん。だけど下からだとよく見える。

「本当、可愛いスね。俺の佐治さんは」

呟けば佐治さんの抗議が聞こえる。「なに言ってんだ」「恥ずかしいやつ」どれも褒め言葉だ。

「俺、本当佐治さんが好きなんスよ? 伝わってますか、この気持ち」

手を伸ばせば簡単に佐治さんの頬へと届く。そのまま手繰り寄せるように佐治さんの頭をそっと掴んで、俺の目の前まで持ってくる。

「ほんとお前って馬鹿だよなぁ」

至近距離の佐治さんの声。
楽しそうにからかうように佐治さんは言う。

「伝わってないわけないだろ。こんなでかい気持ち」

ちゅっ、と俺の頬に音を立てて、佐治さんは離れていった。

「いつになく感傷的じゃねぇか。どうしたんだ、今日は?」

子供をあやすように頭を撫でられる。

「佐治さんは怖くならないんですか?」
「怖い?」
「必ず来る別れのことが」

佐治さんは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして「死別ってことか?」と物騒なことを言い始めた。

「それは、まだ考えたくないスね」
「じゃあ……なんだ? まさか俺が卒業するとかそういう話じゃないだろうな」

あまりにもあっさりと言われるので不意を打たれて黙っていると、佐治さんは大きな声で笑い飛ばした。

「吏人、お前、俺に卒業するなって言うのかよ」

笑いながら苦しそうに言われる。

「卒業したら今みたいに毎日会えないんスよ」

確認すれば、「お前は女子か!」と更に笑われた。

「別にそれこそ死んだ訳じゃあるまいし。会おうと思えば幾らでも会えるだろ」

ポンポンと頭を叩かれて、ぐちゃぐちゃ考えていた自分が馬鹿らしく思えた。
確かにそうだ。会おうと思えば幾らでも会える。

「そんな簡単なことが思いつかないくらい貴方にハマッてるんスよ」

佐治さんは笑うのを止め、今度は顔だけでなく耳まで赤くしてそっぽ向いた。

「すげー口説き文句だぞ、それ」

その様子が可愛くて、可愛すぎて、起き上がって頬にキスをする。驚いて振り向いたところで、今度は唇に直接キスをした。

「な、に」
「佐治さん、好きですよ。卒業してもずっと一緒にいてくださいね」
「……当たり前だろ!」

力強く返してくれるのが頼もしい。

「そろそろ帰りましょうか」

立ち上がって手を差し出せば、「あぁ」と迷いなく取ってくれた。


此処にはいなくてもずっと一緒だから、大丈夫。


2010/10/26