決意 佐治さんが好きだ。 誰より熱さを秘めたあの人が好きだ。 だから俺は…… 練習後の部室はかなり暑苦しい。 たっぷり運動したばかりの男子が数十人、束になって入ってくるから当然といえば当然だ。 その中で鼓動を落ち着かせるように息を吐く佐治さんは、相当色っぽく無防備に感じる。 「なんだよ、吏人。明日の連絡か?」 視線を感じたのか、俺を見てニッと笑う佐治さん。 本当、無防備だ。心配になるくらい。 「いや、なんでもねっス」 「なんだよ。そいや、この後ラウンドワン行くか? 俺、今日は大分いけそうだぞ」 Tシャツを脱いで露になった佐治さんの体は、日増しに引き締まってきている。 「結構筋肉ついただろ。でも触んなよ。くすぐってぇから」 無意識に伸ばしていた手を掴まれて防がれた。 「本当触りたくなる位、見事に割れてますね」 話を聞きつけた及川が俺の横でまじまじと佐治さんの腹筋を見る。 「なにー。佐治の腹筋そんな割れてんの?」 他の先輩方もわらわらと集まりだした。 佐治さんは人気者だ。 この人徳は、佐治さんの面倒見のいい性格と正確な判断力によるものだと思う。 絡みだす先輩方に、佐治さんは冗談めいた笑みを浮かべた。 「お前らも早くその怠けた体、元に戻せよ」 「はーい。じゃ、ご利益っと」 わかめ頭の先輩が、そっと蝶でも摘まむように優しく佐治さんの腹筋を撫でた。 「うひゃぁ!」 途端の高い声。 ワンテンポ置いて、部室内に笑い声が轟く。 「ちょ、佐治。なんだ、今の声?」 「おおおおお前がいきなり触るからだろ! くすぐってぇんだよ!」 耳まで真っ赤になった佐治さんは、わかめ頭先輩の手を素早く払い除ける。 他の先輩方がにやにやと佐治さんをからかい出した。 「にしても、まるで女子みたいだったぜ」 「うひゃぁ、って」 「あー、忘れろ! 今すぐ忘れろ! 脳内から消去しろ!」 「忘れろって言われてもなぁ。バッチリ聞いちゃったもんなぁ?」 同意を求めて辺りを見渡す先輩。 バチリと俺と目が合った。 「俺、こういうの好きじゃねぇっス」 冷たい声が出た、と自分でも思った。 先輩方から笑みが引っ込んでいく。 それに安心する俺がいる。 「あ、そっか。この腹筋は佐治先輩が頑張った証だよね。努力が馬鹿にされるの嫌いだもんね、天谷君」 及川がそれらしい説明をつけると、先輩方は次々と「悪ぃ」と謝り出す。 「いや、別にそこまで深刻じゃねぇし。重くなるなよ」 佐治さんが暗いムードをいさめる。 「だけど、さっきの俺の声は忘れろよ」 茶化しに先輩方は失笑して、部室の雰囲気は戻った。 佐治さんは不意に俺を見ると、いつものニッとした笑顔になる。 「吏人もサンキュな」 礼を言われる覚えはない。 俺は俺のしたいようにしただけだ。 ただ俺がしたいように。 「……佐治さん、付き合ってくれますか」 無防備すぎるこの人を放っておけないと思った。 俺がついてたい。導きたい。いや、俺だけが見ていたい。 「ん、なんだラウンドワンか?」 佐治さんはにこにことした笑顔で俺を見ている。 俺の邪念に一切気付いてない顔。 その純粋さに、言葉の意味を正しく伝える前に折れてしまう。 「ボウリング、俺も強いっスから」 「あ? 負けねぇかんな!」 無防備すぎてアタックできない。 この人の無防備さは盾にもなると気づいた。 先輩方を見る。 わかめ頭の先輩が愛しそうに佐治さんを見ていた。 あんたもそうなのか。 どうやら恋敵は多いようだ。 「行くならさっさと着替えて行こうぜ」 佐治さんが俺を急かす。 「はい」 絶対に負けない。 俺が佐治さんを手に入れる。 そう、決めた。 「気合い入ってんじゃねーか」 楽しげに無防備に笑うこの人が、たまらなく憎らしく愛おしく感じた。 2010/10/26 |