本当にほしいもの | ナノ

本当にほしいもの



「本当にほしいものなんて手に入らないんだよ」

『あの人』は時々感傷的になる。
それは不定期で、試合中に見せる最強の姿とはまた違うものだった。
儚く脆いガラス細工のような、危ういバランスで成り立っている繊細さを感じさせる。

「シアンさんの本当にほしいものってなんですか?」

「んー」と、『あの人』は緩慢な動きで身じろぎした。
『あの人』がオレの家に来るようになって、もう大分経った。
遠慮なく寝心地のいい高級羽毛布団にじゃれる『あの人』。
その手がベッドの縁に座るオレの服を掴んだ。

「オマエがほしい……って言ったらどうする?」
「え……?」

いきなりの不意打ち。
下からオレを見上げる『あの人』の顔はどこか艶かしい。
目を細めてにっこりと、唇に弧を描かせて笑う。

「ねぇ、今、オレのことほしいって思ったでしょ?」
「そ、そんなこと」
「ないんだ?」

グッ、と虚勢の言葉が飲み込まれる。

「オレはシアンさん……と、一緒にいたい」
「……へぇー」

元々さほど感心がなかったみたいに、『あの人』はオレから手を離した。
そして再び羽毛布団にじゃれつく。
なんとなく重圧からの開放を感じて息を吐いた。思考に余裕ができる。
もし、『あの人』が本当にオレをほしいと望んだら、オレはどうするんだろう?
愚問だった。
オレは『あの人』に全てをあげたって構わない。身体も心も持ってるもの全て。
オレの本当にほしいものを『あの人』は全て持っている。
『あの人』がいれば、『あの人』の隣にいてその軌跡を見続けることができれば、オレはそれだけで充分だ。
だけど、そんなの『あの人』にとっては釣りあわない願望だと知っている。

「シアンさん。シアンさんの本当にほしいものってお金で買えるものですか?」
「……違うよ。なんで?」

布が裂ける音がした。
あふれ出る羽毛が視界の端に見えた。
怒らせたのかもしれないと、びくびくしながら説明をする。

「そうだったらオレが買ってやれるのに、って思って」
「別にオマエの世話にはならないよ。ねぇ、それよりさ、ちょっと立っててくんない?」
「はい」

素直に言葉に従うと、背中に布をはためかせたような篭もった風が吹きつける。
それと同時に床が白で覆い隠されていく。これはさっきも見た白だ。

「綺麗だね。千切れた羽がたくさん舞って。ばらばら」

うっとりとした声で『あの人』は言った。

「アイツも早くこうなってしまえばいいのに」

たくさんの白い羽の中にうずくまる『あの人』。
雛鳥が親鳥に必死で暖めてもらおうとしているような様子に、かつてオレが本当にほしかった最強って大変なんだなと眺めることしかできなかった。


2011/06/02