シアン 今まで好きな色なんてなかった。 なんとなくピンクは女々しくて嫌だとか、黒はカッケーとかはあったが、特に『この色が好きだ!』というのはなかった。 「リンドウくん、だっけ? 彼の名前ってご両親の好きな色からとったそうよ」 いつも夕食の光景で何気なく知った情報。 その日からオレに好きな色ができた。 ヴェリタスの練習。Aチーム入りを果たしたオレは『あの人』のすぐ側にいた。 間近でみる『あの人』の妙技。誰も止められない。誰も抜かせない。 最強、という言葉がぴったりなプレイの数々に息をのんだ。 「シアンさん!」 見事なゴールが決まった直後、オレは思わず呼びかけていた。 『あの人』は「なに?」と、はっきりとした笑顔で振り向く。 「あ、え、お疲れ様です」 「こんなの疲れたうちに入んないよ」 「で、ですよねー……」 いつもこうだ。『あの人』と面と向かって話すと、緊張して言葉が出てこなくなる。 そんな様子を「来栖らしくねぇ」とチームメイトに笑われて、つい最近逆ギレしたのを思い出す。アイツら、次言ったらシメる。 って今はそんなの関係ない。思考がとっちらかっているのが自分でも分かった。 「オレ、もう行くけどいい?」 『あの人』がオレに確認をとる。慌てて回らない舌を回した。 「最近知ったんですけど、シアンって色あるんですよね。シアンさんと同じ名前って凄い偶然、ですよね!」 完璧にイタい奴だと思われた自信がある。顔にたちまち熱が集まっていく。 いきなり何を言い出してんだオレは。いつものオレはどこへいった。戻って来い。 恥ずかしさで頭が沸騰しそうだった。 「そのうずまきみたいな色だよね」 うずまき? 疑問を持ったオレに『あの人』が指差した。 オレの後ろ……うずまきらしいものは何もない。 「上だよ」と言われて空を見て、続いた「違う」で漸く気づいた。 「オレのヘアスタイルのことですか」 「うん。まぁオレはその色嫌いだけどね」 それだけ言うと、監督に呼ばれて『あの人』は行ってしまう。 『あの人』はシアン、嫌いなのか。 まるで『あの人』が『あの人』自身を否定したような何ともいえない気分になった。 「オレは好きですよ」 監督と話すその背中に、一方的に言葉を投げかける。 「シアン、好きですよ」 シアンと言われた自分の髪を、痛めて違う色にしないようにしようと、帰りにトリートメントでも買うかとかそんなことを考えながら、そっと撫でた。 2011/06/01 |