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お腹が痛い。シアンがそう訴えてきたのは、シアン一人で勝ったも同然の試合後だった。

「ユーシさん、お腹痛い」

オレのジャージの裾を掴んで、痛みに耐える今にも涙が滲み出そうな目で助けを求める。

「大丈夫か? 腹痛止め買ってくるか?」

シアンの後ろで、リヒトが嫌疑の視線を投げていたのには気づいていた。
リヒトはシアンのこれが演技で、オレを陥れようとしているんじゃないかって心配しているのだと。優しい子だ。
だが、オレが子供を信じなくてどうする。
屈んでシアンに目線を合わせた。冷えないように上のジャージを脱いで着せた。シアンはぎゅっと子供にはでかいジャージを毛布のように自分に包ませる。

「あったかい……」

ホラ、見ろリヒト。シアンだって同じ血の通った人間なんだぞ。暖かさが分かるんだ。だからそんな冷ややかな目でシアンを見るな。
説教染みたことを言葉にのせずリヒトに伝えると、目の前のシアンが身じろぎした。

「まだ寒いか? これ以上冷える前に屋内に……」

言いかけて、気づいた。
シアンの小さな爪がオレの貸したジャージを引き千切ろうと破ろうと、引っかき引っ張っている。

「シアン……?」

呼びかけると、さっき見せた弱弱しい目はどこにもなかった。ただ強い、本当に憎いもの、軽蔑するものをみる、目。

「ユーシさんって残酷Deathね」

それだけ言ってシアンは他のチームメイトの元へ行った。チームメイトの一人が鋏のようなものを手にしてるのが見えた。

「ユーシ、オレが取り返してこようか」

リヒトがオレに駆け寄る。トーンの落ちた、心配するような怒ってるような声。
何を、と聞く前に「あのジャージ。ユーシ気に入ってるだろ?」と答えが返ってくる。

「あれ一つで気がおさまるなら安いもんだろ」
「アイツがアレでおさまるとは思えねぇけど」
「リヒト、お前はシアンに厳しすぎるぞ!」

オレは子供達は平等に信じたい。だから、ジャージがどうなったなんて気にしない。
また買えばいいだけの話だ。子供の癇癪なんて可愛いものだろ?

「……ユーシ」

リヒトは納得いかないといった顔でオレを見る。

「ユーシは優しすぎるよ。オレ、優しいユーシが傷つくの見たくない」

今度はリヒトが泣き出しそうな目になった。

「本当、オマエは優しい子だな」

その頭を撫でた。俯くリヒト。
オレは子供の為なら火にでも水にでも飛び込む覚悟だ。傷なんてついちゃいないし、ついたとしても唾つけときゃ治るだろ。
伝わるその時まで、オレは子供を信じ続ける。


半袖のTシャツから露になった腕に冷たい風が吹き付けて、くしゅんと一つくしゃみした。


2011/03/02