心亜性善説 キミのためならばオレは 小学六年生。ボクに転機が訪れた。 少年サッカーチーム入りの誘い。人と違うボクはまともな友達もいなく、一人でボールを蹴っているところをチーム監督のお兄さんに話しかけられたのだ。 「キミにはスゴイ才能を感じる! 一緒にサッカーやってみないか?」 その誘い文句がボクには眩しかった。この人はいい人だ。ほぼ本能的にそう感じ取った。 「でも、サッカーって皆でやるんデスよね……?」 ボクの質問にお兄さんは首を傾げた。確かにおかしな質問だ。平和な日本の小学六年生にもなってサッカーの基本的なルールも知らないなんてなかなかないだろう。幾らボクが普通でなくとも、ルールは理解していた。 「ボク、団体行動は苦手で……」 そう不安で不安で仕方なかった。それまでのボクはといえば、笑顔が不気味と言われ、言ってることがおかしいと言われ、親からも同級生からも一線引かれるような子供だったからだ。 外見も名前も口調も、ボクは何もかも変だと言われ続けてきた。 そんな変な奴がいきなりチームに入ってきたら迷惑なんじゃないかと心配だった。 理由を聞いてお兄さんは笑った。豪快に笑い飛ばして、その後驚いているボクの頭を撫でた。 「他人の言うことなんかに惑わされるな。要は自分がやるかやらないかだ!」 力強い言葉だった。無条件で信頼してしまいそうな、この人ともっと一緒にいたいと思った。 「……入れてください」 気づけば頷いて、チーム入りが承諾していた。お兄さんは喜んでボクの肩を叩いた。 「ようこそ、戸畑サッカー少年団へ! といっても、チームメイトに会うのはまた今度だけどな」 チームメイト。友達ができるってこと……? 今更ながらの事実にドキドキした。ボクは上手くトモダチツキアイできるだろうか? また暗い表情でもしていたのか、お兄さんに頬をぴーっと引っ張られる。 「ホラ、笑え! 笑顔と親切があれば人気者だ! オマエは優しい子だろ」 「でも、ボク、笑顔が不気味って」 「だから他人の言うことなんかに惑わされるなって。こう笑えばいいんだ、こう!」 頬がむにむにと動かされて、顔の筋肉が目一杯ほぐされた。「ん゛ーー!」と抗議すれば、意地悪な笑みを浮かべられてやっと解放される。 「酷いデスよ、お兄さん……」 「お兄さんなんて他人行儀だな。気軽にユーシって呼んでくれ」 「ユーシ……さん」 「まぁ、それでもいいけど」 ユーシさんは茶目っ気たっぷりに笑って、もう一度ボクの頭を撫でた。 今後の予定を話した後、家で両親の許可をもらうと、改めてチーム入りするんだって実感が湧いてきた。 チームメイトとの初対面の前日は眠れなかった。上手くやっていけるだろうか。友達できるだろうか。友達……初めての友達。ボクは友達のためなら何でもしてあげれる人になろう。そう心に誓った。 「よろしく」 チーム入り当日。チームメイトと対面。笑顔が不気味なボクは人当たりのいい笑顔を作って精一杯愛想よく挨拶した。 ユーシさんとチームメイトたちがじゃれる光景が、ボクには眩しかった。 いつかボクもそっち側に行く事ができるかな? できるだけ頑張ろう。親切になろう。優しい人であろう。 「ユーシが抜けてよ」 「監督抜けても十二人でサッカーはできねぇの!! どういう計算だよ!!」 あまりに微笑ましいチームメイトとユーシさん。素の笑みがつい出た。そして失敗したと直ぐ気づいた。 少し目つきの鋭いチームメイトが有り得ないものを見るかのような目でボクを見ていた。 どうしよう。どうしよう。失敗した。どうしよう。 絶対不気味だって、ヤバい奴だって、引かれた怖がられた距離を、距離を置かれてしまう。皆に言われてハブられてしまう。アイツはおかしい奴だって。変だって。そう、言われて……。 その後の練習も次の日の練習もボクは怖くて怖くて仕方なかった。今は好意的な皆が、次の瞬間にはガラリと変わって冷たくなるかも知れない。 チーム入りして一日が経過して、一週間が経過して、一ヶ月が経過した。でも、ボクが怖がるそんな日はいつまで経っても来なかった。 少し目つきの鋭いチームメイト、天谷吏人は誰にもボクの不気味さを話さなかった。ボクは順調にサッカー選手として成長していって、チームメイトの信頼を得るまでになっていた。 どうして言わないんだろう? ボクはリヒトが不思議だった。今までのボクの経験では『変』は直ぐに広められる。そんな常識が覆された。 「お疲れ」 リヒトは普通にボクに話しかけてくれる。ボクがタオルを探していると、「コレ、使えよ」と新品のタオルをボクに渡してくれる。優しい、親切。 リヒトと友達になりたい。 いつしかそう思うようになっていた。 他のチームメイトとは、チームメイトを越えての友達には中々なれなかった。いくら親切にしても優しくあろうとしても、ボクには限界があった。友達としての行動や話をするのがボクは苦手だった。サッカーの指導や誘導、否定は簡単で得意だ。でも、正面からぶつかりあう本当の友達の域に入るのは難しい。また不気味だって言われるんじゃないか、変だって引かれるんじゃないかそんな心配をして踏み込めなかった。 だから、最初から不気味なボクを知っていてそれでも優しく接してくれるリヒトはボクにとって特別だった。こんなボクでも『いいよ』って受け入れてくれた。そんな気がして。 「リヒトは最強を目指してるんだ」 チームメイトがそう教えてくれた。 最強。すごいなぁ。かっこいいなぁ。リヒトの真っ直ぐとした生き方に憧れた。ボクの持ってないものをいっぱい持ってる。そんなリヒトの助けになりたかった。どうしたらいいのか真剣に考えた。そして一つの答えに辿り着いた。 それは最悪な答えだった。 嫌だ。これは、嫌だ。やりたくないやりたくないやりたくない。 リヒトの最強の証明のためには、仇役が必要だった。誰よりも真っ直ぐで盲目的なまで猪突猛進なリヒト。どこか抜けてる彼が間違った直進をしないために明確な目標を作らないといけない。 じゃあ誰がその役をやる? 気づいた自分しかいない。他のチームメイトにその素質はないし、世の中に嫌な奴はいっぱいいるだろうけど、生半可な奴じゃリヒトは突っ切ってしまう。もっとしっかりした悪のカリスマ。そんな人物じゃないといけない。誘導できない。 ボクにはその素質がある。不気味で変で実力もある。このために生まれてきたような素質が。 でも嫌だった。やりたくなかった。仇役になるってことはリヒトに嫌われること。今ボクを信頼してくれているチームメイトすら利用するということ。ボクをここまで連れてきてくれたユーシさんを裏切るということ。 誰より狡猾になって酷いことをしなければいけない。心を壊さないといけない。相手も自分も。 ボクにそれができるのか? たった一人の友達候補のために……? でも、これから先、リヒト以上にボクを受け入れてくれる人がいるだろうか? 考えて考えて何ヶ月も経った。戸畑サッカー少年団でボクはそつなく過ごした。リヒトともたくさん練習した。そしてまた嫌な事実に気づいた。 ユーシさんのやり方じゃリヒトが『最強』になるのに時間がかかり過ぎる。ユーシさんの優しすぎるまでの理想に溢れた指導の仕方では……。 なんて巡り合わせだろう。このままだとリヒトは間違った直進をする。近道があるのに遠回りしてしまう。ボクが友達のためにできる決断の時間は少ししか残されてなかった。 ボクは、どうしたら、どうすれば、ボクには……ボクには……。 『ボクは友達のためなら何でもしてあげれる人になろう』 そう、誓ったんだったと思い出した。 ある日の練習場。リヒトは珍しく隅っこで練習していた。 「リヒト」 呼びかけると、ん? とした顔でこっちに振り返る。 「リヒトさ…ユーシさんどう思う?」 「あ?」 不機嫌な返事。そしてリヒトらしい真っ直ぐな、ユーシさんを尊敬し盲目的に信頼した言葉が返ってくる。 「本当に?」 リヒトは驚いた顔をした。続いた嫌な事実の指摘に、リヒトはこっちに敵意を向けた。 「シアン、テメェ…何が言いてェ」 「だからさ」 なにが『だから』なのか分からなかった。ただ自分は一つ決断したのだと言い聞かせた。 「ユーシさんをブッ壊さない?」 キミのためならばオレは仇役にでも何でもなろう。 甘ったれたボクを捨てて。 2011/2/8 |