あの日の倉橋 | ナノ

あの日の倉橋


ずっと一緒だった。入学式で知り合って、偶然同じ部活に入って、仲良くなって二年と少し。佐治の頑張ってる姿、楽しそうな姿、悲しそうな姿、辛そうな姿、つまらなさそうな姿、色んな姿をいつも見てきた。責任感の強い佐治は、やる気なさそうな顔して沢山のことに悩んでいた。それに俺たちのことも含まれていたのに、俺はそれを何一つ解決することが出来なくて、ただ一緒にいた。佐治が俺といることに対してどう思ってるのかなんて知らない。だけど俺は、何かしてもしなくても、佐治と一緒にいるだけで浮かれてるみたいな、ふわふわとした気持ちになった。これが恋といえば恋なんだろうし、うちとけた友情といえばそうなんだろう。自分の気持ちも計れないまま、ずっと一緒にいた。
高校最後の年が始まった。昔の佐治みたいなことを言う一年が入部してきた。思わず皆と一緒に笑ってしまった。だけど、何かが起こる予感もしていた。後輩をいじめる佐治。ひねくれて悪ぶってる佐治が昔に戻るような気がした。そしてそれは当たった。


「一年のテメェはそれでいいかも知れねェよ!! だけどオレはッ…どうすりゃいいんだ!!」

風の強い春のグラウンド。風にも負けない佐治の、助けを求めるような叫び。
俺たちは、今まで佐治ばかりに選択を任せてきた。でも逆はなかった。佐治は俺たちに自分の選択を任せようとは決してしなかった。いつも一人で考えて選んでいた。そんな佐治が、あの一年に選択肢を聞いた。

「テメェの力は認めるよ。気合の入り方もケタがちがうよ!! だけどテメェとオレらは違うんだよ!! テメェが何しようともう遅ェんだ!! 何も変わらねェんだ!!」

長い間、佐治が気負ってた問題。キャプテンとして、ずっと悩んでた問題。俺がなに一つ助言できなかった問題。そして佐治はいつも通り一人で抱え込んだ。
佐治は怒ってるような泣き出すような必死な声で続ける。

「オレはもう三年だ!! 二年間やったんだ!! でも何も変えられなかった!! ここは、もうダメなんだ!!」

ダメ。聞いていて心の奥に何かがチクリと突き刺さる。ダメ。なにがダメ? 言葉の対象、そして原因を考えると突き刺さったものが更に深くを抉ってきた。

「もう時間がねェんだ!! あきらめたんだ!! これ以上、悔しいだけのサッカーなんて沢山だ!!」

佐治に悲しそうな姿も、辛そうな姿も、つまらなさそうな姿も、ひねくれて悪ぶらせたのも、全てはこの環境が悪いんじゃない。佐治の大好きなサッカーを悔しいという思いで汚させたのも、全て全て怠惰な俺たちのせい。選択一つ自分で決められない俺のせいだ。事実が突きつけられ突き刺さりもっと深くへと抉り傷を作り出す。

「テメェの力がありゃ…三年あれば…日本一になれっかもしれねェ…だけどな!! 悔しい過去しかなかったヤツに…テメェ一人の目標のための土台になって引退まで悔しい思いをしろってことだろ!! そんなの」

続いた言葉は俺たちを指していた。

「絶対納得しねェぞ!!」

佐治は、佐治だけは、長く長く頑張った。負けを当然と受け止める先輩、俺たち。やる気も向上心もなく、熱心な佐治に水を差しただけあの日々。佐治が納得いかないと言ってるのは俺たちだ。俺たちが頑張ってさえいれば、佐治は例え自分は勝てなくても、後に続く熱心な後輩の土台に進んでなっただろう。そういうヤツなんだ。誰よりも熱心で、責任感の強い……俺の大好きな佐治。

「オレは…! オレは…!!」

佐治の感情の昂ぶりに反応したかのように風が強くなる。あっ。と気づいた時には遅かった。

「佐治!!」

急いで名前を呼ぶ。走る。強風に支えを失ったゴールが佐治に倒れこもうとしていた。騒ぐ俺たち。突然のことに動けない佐治。俺が、佐治が頼ってこれる人間だったなら。佐治に悔しい思いをさせない実力を持っていたなら。まるでヒーローのように、お前を……

音を立ててゴールがひっくり返る。佐治とは逆方向に。サッカーボールをぶつけてそんな芸当をやってみせたのは、ヒーローは、やっぱりあの一年だった。

「あんたが二年間棒にふったとか、どうでもいいんだよ」

酷いことを言う。俺なら絶対佐治に言わない言葉。だけど、一年の言葉には重みがあった。佐治は胸倉を掴まれながら熱弁を戸惑いの表情で聞く。

「オレ言ったぞ!! 何回も言った!!」

俺が解決も解決を助けることも出来なかった問題を、そいつは簡単に解いた。

「今年なるって!!! 何回言わせんだ!!!」

それがトドめの一言だったと、それだけは直ぐに解かった。佐治は一年の拘束を振りほどく。部室へと姿を消す。なんなんだという顔をする一年に、佐治がもう一度姿を見せた時、そこには昔の佐治がいた。

「そこまで言うなら…責任とれよテメェ」

悪態吐くように、佐治はそいつを睨む。

「死ぬ気でオレらを引っ張り上げろ!! オレも、死ぬ気でやってやる!!」

オレ『ら』。その熱心な姿勢も強すぎるまでの責任感も、昔の佐治のままだった。

「テメェがキャプテンをやれ!!!」

それが示すのは絶対の信頼。二年も一緒にいる俺が持っている筈だったもの。一年はそれを覚悟の笑みで受諾した。驚愕しか口から出てこない俺とは全く違う。こいつは佐治が頼ってこれる人間。佐治に悔しい思いをさせない人間。俺とは、全く、違う。

「佐治……」

人知れず名前を呼ぶ。佐治は絶対にこいつに惹かれる。惚れる。好きになる。ずっと一緒だった。なんの役にも立たない何も解決できない俺だけど、それくらいは気づけた。佐治、大好きな佐治。漸くはっきりしてきた気持ち。もう遅い。俺はヒーローじゃない。佐治を、助けられなかった。佐治を助けるヒーローはここにいる。
だけど――

俺が初めて佐治に頼らず決めた選択は、それでも佐治を愛することだった。


2011/01/10