俺と光の昔話 | ナノ

俺と光の昔話


「今日の練習はここまでっス!」

吏人のかけ声で、俺たち全員の動きは止まった。
全力疾走。全力練習。疲れてへとへとで、最近体力がついてきたとはいえ、まだ終了と同時に倒れるヤツはいる。そして、マネージャーが慌てて駆け寄ってそういうヤツにテーピングを施すのが、最早日常になってきていた。

「俺、また強くなれた気がする」

月村が足をガクガク震わしながら満足そうに言った。
汗まみれの笑顔はとても嬉しそうだ。

「吏人のおかげだよな。このまま本当に行けるんじゃね? 日本一」

猪狩が軽口を叩くと、その背後から「なに言ってんだ」と我らが佐治が猫パンチを喰らわす。

「行くに決まってんだろ。今年中に!」

佐治は微塵も吏人の宣言を疑ってないようだった。発言に曇りがない。そしてそれは猪狩も同じようで、「そうだな」と強く頷いた。
まるで吏人は光のようだ。と思った。皆を惹きつける光。お先真っ暗でも確実に目印となるもの。
だが、吏人が佐治や他部員の光だとしても、俺の光はずっと前から佐治ただ一人だ。それは確かなことで、実際『あの時』から俺の記憶に佐治の光は消えないまま有り続けてる。


高校一年の頃、ノーパソばかりいじっていた俺は正直クラスから浮いていた。オタクやらインテリやら、暗い絡み辛い自己中マイペース。色々言われてたが、どれも本当のことだしと気にしないでキーボードを打っていた。
五月下旬に入って、まだ友達がいない俺を気遣ってか単にカリキュラムの一環でか担任がレクリエーションを行った。グループに分かれ、カードを引いて書かれた質問に答えていくという単純な交流ゲーム。ゲームという名目なのにタイトルが『アンゲーム』という変わったものだった。これでも普通に市販されてるらしい。
最初は皆も遠慮がちに答えてたが、ゲームが進むにつれ段々と盛り上がり、特に共通の趣味やら経験がある奴らはゲーム外でも話し出すほどだった。
こんなのしても変わらない。俺の趣味は元々浮いていたし、人の興味がひけるような経験もしてきてない。わざわざする必要もないと思ってる。社交性とかは俺以外のやつが持てばいい。その分、俺は電子技術を磨くから。
周りの奴らが分からない専門用語ばかり捲し立てる俺はこのゲームに参加してないも同然だった。タイトル通りのアンゲーム。チャイムがなる十分前、担任が最後の質問を黒板に書いた。

『互いの印象を言ってください』

なんて答え難い。同じグループになった鈴木やら高橋やら佐治やらの話なんてまともに聞いてなかった。覚えてるのなんて、鈴木が中二で初恋したってことと、佐治がサッカー好きなことくらいだ。

「えっと、森川くんの印象は……」

向こうは優しいもんだから出来るだけ良く言ってあげようと言葉を選んでる。散々悩んで漸く出た説得力のない言葉が「頭良さそう」だった。高橋もうんうんと同じこと思ってましたと頷く。

「良さそうじゃなくて、実際いいだろ」

そのまま流されると、これからも変わらない毎日が続くと、そんなことを考えていたら、佐治が俺の思考も次にいこうとする鈴木の発言もぶったぎった。俺の話題が続くと思ってなかった高橋はびっくりした顔で佐治を見て俺を見た。いや、俺もびっくりだから見られても困る。

「森川かなりパソコンに詳しいんだな。スゲー尊敬する」

一瞬、リーダーシップあるやつ特有の全体への気遣いかと思った。クラスの浮いてるやつが放っとけないみたいなそういうの。だけど直ぐにコイツは違うと分かった。上手い作り笑いじゃなくて、純粋に新しいオモチャを与えられた子供のような笑顔で、佐治は俺を誉めたのだ。

「もしかしなくても理数系得意か? 今度教えてくれよ」

本当に眩しいほど澄み切った笑顔だった。
朝のひんやりとした空気のなか見た日の出みたいな、とても綺麗な。ひたむきな。

「森川。オマエの俺への印象は?」

興味津々。目を爛々とさせて佐治は聞いてきた。対して鈴木と高橋はおろおろしながら俺たちを見ている。それを気にも留めない佐治は、一体どこまで明るいヤツなんだろう。
だから、素直に答えた。

「光」

直ぐに「光?」と訝しげな声がした。抽象的で伝わり難い。だけども、俺は佐治を『光』だと思った。暗い俺ですら照らし出してくれるような、そんな気がしたから。

「ふーん、頭良いと言うこと違うんだな。嬉しい気がする」

にぱっと俺に見せた満面の笑みは、本当に光そのものだった。


それがきっかけで友達になって、誘われてサッカー部に入った。友達が今まで想像もしなかった数になった。相変わらず社交性のない俺は不満に思われがちだけど、何かある度に佐治がフォローしてくれた。佐治は俺を暗がりから引っ張ってくれた。
その佐治自身が先輩によって暗がりに落ちた時も、俺にはまだ光って見えた。印象に残ったあの光みたいな笑顔がずっとずっと頭に残っていた。
吏人のおかげでまた生でその笑顔を見れるようになっても、だからといって俺の光が吏人に入れ替わることはなかった。
俺の光は佐治ただ一人。昔から、そう決まっているんだ。

「森川、一人でなにボーッとしてんだ。早く着替えて帰るぞ!」

もう月村も猪狩も部室に行ったのに、佐治だけがマイペースに回想している俺を待っていてくれた。

「佐治、ありがとう」

今のことも昔のことも含めて礼をすると、佐治は「いきなりどうしたんだよ」と言って、光のような笑顔で照れたように俺の手をぐいっと引っ張った。