キミのあたため方 | ナノ

キミのあたため方


「あっつ」

雨が降ったら忽ち雪に変わるだろうマイナス気温。佐治さんが家に入っても寒い、寒い言うので、コーヒーを入れてあげた。俺が適温だと思ってごくごく飲んでるのを確認すると、佐治さんもそろりと口をつける。途端、条件反射の声。目を向ければ、舌を火傷してしまったのか、涙目でコーヒーカップを両手持ちしている。

「佐治さん」
「りひと、これあちぃよ」

火傷で舌足らずの口調。この温度で火傷したのも不思議だが、なんでこんなに可愛いのかも不思議だ。水を汲んで差し出すと、コーヒーをテーブルに置いて寒そうに受け取った。

「あったまるためにコーヒー入れてもらったのにな」

水を飲み終わると、眉を伏せた困り顔で笑う。あぁ、もうなんて可愛いんだ。世界には沢山言葉がある筈なのに、今のこの人には可愛いしか出てこなかった。

「抱きしめてもいいスか?」
「え?」

返事より先にぎゅっと抱きしめる。ひんやりとした身体が、暴走した俺には丁度良い。

「吏、人?」

佐治さんもおずおずと抱きしめ返してくれる。これが外だったら、背中に回された手はパンチに変わっているだろう。
猫舌佐治さんの猫パンチ。そんな想像をして、つい笑ってしまった。

「オイ、なに笑ってんだよ」

相変わらずもつれた不機嫌そうな声。「佐治さんが可愛いから笑ってしまうスよ」と言うと、「馬鹿だな」と微笑まれた。

「えぇ、俺はどうしようもないくらい馬鹿なんです」

抱きしめているだけで幸せだとか、今まで想像もつかなかった。本当に単純で馬鹿な俺の思考回路。

「そんな馬鹿が好きな俺も大概だけどな」

珍しい佐治さんからの告白に、改めてまじまじと顔を見ると、佐治さんは自分の発言に今気づいたかのようにうろたえた。

「え、いや、深い意味はないからな!」
「深い意味ってなんスか? 好きじゃないんスか?」
「や、好きだけどさ……あー、もー、言わすなよ」

顔を隠すように俺の肩に頭を埋める佐治さん。
やっぱりこの人は可愛い。

「俺は佐治さんの素直じゃないところも好きっスよ」
「喧嘩売ってんのか?」
「そういうところが好きなんです。だから顔を上げてください」

佐治さんは短く「嫌だ」と拒否する。なんだか意固地な子供みたいだ。年上なのに、と錯覚しながら、あやすようにポンポンと背中を叩くと、ムッとした目が俺を見た。

「ガキ扱いすんな」
「今度からはコーヒーも冷ましてあげましょうか?」
「すんなつってんのに。それにコーヒーはもう入らねぇ」
「なんでっスか?」

聞けば、またもぞもぞと顔を隠される。

「これが一番あったかい」

そう言って、背中を強く抱きしめられた。
あぁ、もう本当に、なんでこの人は。何度もリピートしてきた言葉が、またリピートされる。

「可愛すぎですよ。佐治さん」

ずっとこうして暖め続けたいなんて、無理な馬鹿なことを考えて、佐治さんをぎゅっと更に強く抱きしめた。