お互いを知ろう 佐治さんは時々俺を疑う。 「お前って全然自分のこと喋らないのな」 そう不機嫌に言われたのは、ついさっき。佐治さんの自室で二人きり。甘い時間を過ごしていた最中だった。 何が気に食わなかったのか、佐治さんはそのまま試合のDVD観賞に没頭して話しかけても返事をしてくれない。それでも拗ねた様子とギュッとクッションを握り締めているのが可愛くて、何度か抱きしめようとしたが乱暴に振りほどかれた。 「一体どうしたんスか?」 少し待ってみると「……胸に手を当てて考えてみろ」と言葉だけ返ってきた。言われた通り考えてみるが、思い当たる節はない。 「ぅわ! お前なにやって……!」 後ろから佐治さんのシャツに手を滑り込ませて胸に触ると、驚いた声と拳が飛んできた。拳は流石に避ける。 「佐治さんが胸に手を当ててって言ったんじゃないスか?」 「俺のじゃねぇ! 自分のだ! 本当、お前って何考えてんのか分かんねぇ」 「分かんないんスか?」 やっと振り向いたその姿勢を腰をがっちりホールドして動かないようにする。佐治さんは逃げ場を失って数秒うろたえた後、観念して抵抗を止めた。 「どうして俺の考えてることが分かんないんスか? 俺になるんでしょ。そのままだと日本一になれませんよ」 問い詰めれば、深い溜め息を吐かれる。 「俺がお前になるって無理あるだろ」 「佐治さんらしくないっスね。いつもならしがみついてでも付いてくるのに」 「しがみついてねぇよ」 「本気じゃないんスか?」 佐治さんは「意地悪な質問の仕方だな」と言って笑った。それから直ぐに俺の胸を打つくらい哀しそうな表情へと変わる。 「俺、お前のこと全然知らないんだよ。この間だって旧友とハシャぐお前なんて想像つかなかったし、お前が誰かに出会い頭睨まれるだなんて考えもしなかった」 「これから知っていけばいいじゃないスか。佐治さんにだったら何でも教えますよ」 「……恥ずかしいヤツだなぁ」 表情が綻んだのに幾分か安心する。そんなことで拗ねてたのか、可愛い人だと額にキスをする。 もう一度佐治さんを見ると、まだ悩ましげに眉を伏せて全体に影を落としていた。 「まだ何かあるんスか?」 不安を取り除いてあげれるように、できるだけ優しく髪を撫でる。さらさらの髪が手によく馴染む。佐治さんは頭を揺らして頷いた。 「できれば、俺が聞く前にお前から喋って欲しい。俺ばっか聞きまくってたら一方通行っぽいだろ?」 可愛い欲求に、つい髪をぐしゃぐしゃにしてしまうと「何すんだ!」と怒られた。それも合わせて俺のことを教えてあげようと強く抱きしめる。 「吏人、どした?」 「俺のこと沢山教えてあげますね。でも、先ずは俺にとって一番大事なことを知っておいて下さい」 「……あぁ」 佐治さんは点けっぱなしのTV画面をチラリと見る。何を考えているのか想像がつく。だけど、そうじゃないんだ。佐治さんの不安を一発で晴らせるだろう言葉をしっかりと口にする。 「佐治さんが好きです」 たった二秒で言える台詞。それに俺の全てが詰まっていた。 佐治さんの顔がみるみるうちに赤く染まるのが分かる。 「お前、それが一番大事なことかよ?」 「当たり前じゃないスか。俺にとって佐治さんは他では代えれない大事な人なんですよ」 「なっ、それって……あぁああああ」 奇声を発する佐治さん。正直に「うるせっス」と耳を塞ぐと、「お前が悪い」と顔を背けられた。 「なんだよ、お前のこと疑った俺が馬鹿みてぇー……」 「俺が浮気するとでも?」 「だってお前モテモテじゃねぇか! 実力あるし、なんかやたら知り合いの幅広いし」 「それを言ったら佐治さんもでしょ? いつも先輩方に囲まれてるじゃないスか。これでも嫉妬してるんスよ?」 佐治さんが意外そうな顔をして俺を見た。 「お前でも嫉妬するんだな」 「不毛だと思って二秒で止めますけど」 「二秒でかよ」 苦笑する佐治さんを改めてじっと見つめる。呆れて笑っているのか、内心がっかりしているのか考えてみると分からなかった。 「佐治さん。俺にも佐治さんのこと教えてください。アンタの全てが知りたい」 「……一々、言うことが恥ずかしいんだよ。お前は」 そう言う笑顔は、照れながらも心から嬉しそうだった。 好きだから不安になる時もあるんだろう。誤解がないように、もっと好きになるように、お互いを知ろう。 |