※「欲と流れに我が身を任せて」続き









あんなに掴み所が無い奴には今まで会ったことが無い。暗闇にちんまりと篭っていたところを助けてみたらなんと売春成年で、それについてどんなに叱ってもしょげることなく呆けた顔で話を聞いているかと思えばにこにこと叱ったことに感謝するようないわゆる変な奴だった。聞き分けがいいのか悪いのか分かりゃしないから俺はもうほとほと困ってしまった。一番どうしようもないのはあいつに悪気が全く見られないってことだ。やってることとは裏腹に心が無垢過ぎるからこっちも本気でものがいえない。一応朝飯を作ってテーブルに置いてみたりしたが気づいただろうか。まあ食べたとしても食べなかったとしてもあいつは今日これからどうやって生きていくのだろうか、俺だってずっと見知らぬ人間を泊めるほどに心が広いわけじゃないがだからといって放っておくほど冷たい人間かと言われればそうでもないので気になってしまう。まああの性格だからどうせまた適当にふらふらと家を出ていくんだろうが、昨日会ったばかりなのにそれは何となく俺が嫌だった。
「あー……くそ」
引き止めなかったから逆に気になって仕方ない。俺は厨房にある時計をちょくちょく見ては気忙しく働いていた。クリスマスも明後日に近付いてきたので一昨日より昨日、昨日より今日とケーキが売れて、厨房はこのところ終日てんやわんやだ。作っても作ってもその度に売れるので夜は休憩を全く入れられなかった。疲労が溜まって立ち仕事をやる側としては結構つらい。しかも一番売れるケーキのレシピを誰にも教えていないので作れるのは俺しかいない。なんという板挟みだ。せめてリヒティくらいには教えてやるかな、と自分の独占欲に舌打ちしつつなかなか合わないクリームをこれでもかと混ぜる。早く帰りたいのになかなか帰れない中途半端なジレンマが焦りを生み出していて、それが料理にも移っているような気がした。
「今日はなんか荒っぽいすね…」
いつも隣に配置されている(つーかちょっかいをかけてくる)後輩が俺の腕にすっぽり収まっているボウルを覗き込んできた。
「いやなんか…よくバターとクリームが混ざらないっつーか…まずいな…」
「あれっすよ先輩、卵黄のシロップと混ぜるときに冷まさなかったんじゃないすか?俺も前はよくなりましたよ、てか先輩が教えてくれたんですけどね」
「あーそれかも」
考え事をしていたから確認し損なっていたんだろう。つい舌打ちした。
「珍しいっすね先輩が間違えるなんて」
「昨日色々あってなー」
もうつくってしまったのは仕方ないしそこまでこだわることでもないので俺は仕方なくショートニングでごまかしておくことにした。どうかオーナーにもお客様にもばれませんように!
「夜中に子猫ちゃんを拾っちまってさ」
どうでもいい様な感じでぽつりと呟くとリヒティは意外にも食いついてきた。あれ、動物嫌いなんじゃなかったっけか?
「うわ、この時期にすか」
「躾が全然なってねえからさ、家にいるのかなー外にでて危ない目にあってねえかなーって心配でね、このざまだよ」
「へえー…やっぱ可愛いもんですか」
「いや…どっちかというとイケメン?」
しかも同性と平気で寝ようとするかなりの芸達者でくせ者のな、というのは黙っておいた。大量に作り終えたバタークリームを幾枚ものビスキュイ生地にささっと広げていき、ロール状に巻き上げる。装飾は他の奴に任せて、やっと今日のノルマ個数は達成だ。
「イケメンとか猫にもいるんだ」
「おう、とびっきりのな」
「飼うんですか?ペットって一緒にいても結構世話が大変らしいっすよ。先輩ただでさえ家にあんまり居なのに」
リヒティはボウルに付いたクリームを指で掬って舐めた。
「あ、クリームごまかしたのに美味い。フォローも完璧……さすが先輩」
「うるせ」
リヒティの指摘を軽く流してちらりと時計を見た。フォローが上手いならこんなことになってないって。
「あと一時間か……長いなー」







定刻きっかりに店を出た。いつもこうだから特に気にかけられることもなかったので助かったが、足取りは昨日よりも早い。いつもなら家までゆっくり歩いてもすぐに着いていたのに今日は一段と家までの道程が長くて首を傾げた。速足なのに家にちっともつかない、こんなに我が家って遠かったっけ?辺りに雪が散るのを見ながら今日も一段と寒いのを思い出した。こんな真冬に外に出てたらまじで死ぬぞ大丈夫か。……つーか俺は一体家に帰って何を求めてるんだ?結局あいつにはフラフラせずに自分の家に居てほしいのか、それとも迷惑だから出て行って欲しいのか。俺はまだあいつにどうしてほしいのかが全く分からないままただ家を目指した。所せましとそびえ立つ住宅街をくぐり抜けてやっと自分の家につく。ドアの呼び鈴を押そうとして指を引っ込めた、阿呆かここは俺ん家だろ。俺は自分の挙動不審にため息をついてドアを開けようとノブを引っ張った。と同時に、別の何かの力が同じ方向に働いて手元が狂った。ぐいっとかなり簡単にドアが開いたのでおかしいな、と前を向いたらなんとそこにはあいつがいた。顔と顔の距離はわずかに30センチ。
「うわああっ」
「うおっ」
こいつは体重をドアにかけていたらしく、そこに運悪く俺も引っ張ったからバランスを崩したようで、瞬間に固まった俺に覆いかさぶってきた。なんてタイミングの悪さだ。衝撃で俺の手から鞄と白い箱が落ちて音を立てる。俺はなんとか壁とドアノブに捕まって、この青年男性の体重を倒れずに支えきった。
「……っぶねーな!」
「ご、ごめんなさい!うっかりして」
慌てて体制をなおしてあんまり申し訳なさそうにするもんだから怒る気も無くなって、俺も「いいから」と手を振り、玄関先に落とした荷物を拾って中に入った。
「なんで玄関先にいたんだよ。帰ろうとしてたのか?」
「いやそうじゃなくて、その、そろそろ貴方が帰ってくる頃じゃないかなと思って外を見ようとしてたんだ」
なんだそりゃ。
「そしたら偶然帰ってきたから…」
男はそういって恥ずかしそうに笑った。
「今晩もお邪魔になるのは申し訳ないと思って家を出ようとしたんだけど…まず僕此処の鍵を持ってないから戸締まりできないし、だったらとりあえず居るしか無いかなって思って…迷惑だった…かな…?」
ああそういえばそうか、ポストに鍵を入れているのを言い忘れていた。なんとなく気が抜けてしまい頭の裏を掻く。
「いや迷惑じゃねえけど……」
俺も肝心なことを言っていなかったので一概にこいつが悪いわけじゃない。眉を下げたまま俺の機嫌を伺うのが面倒臭くて、気にしないでくれとそっけなく言い俺はリビングに入った。瞬間に口をあんぐりと開けた。うちのリビングが見違えるように綺麗になっていたのだ。何年も住んでいたせいで黒ずんでいた白壁は一皮剥けたかのように生まれ変わっていて、大きいサッシも磨かれてぴかぴかに光っている。木の板のフローリングもニスを塗ったかのごとくテカっているし、併設されているキッチンの水場や冷蔵庫、果てにはオーブンの焦げ跡まで無くなっている。
「すげえ!もしかしてこれ全部お前一人でやったのか!?」
「うん、お掃除とか家事は唯一の得意分野なんだ。一宿一飯の恩義にしてはこれくらいしかできないけど」
さすがにわざと謙遜して言っているのだろうと思ったが、表情を見る限りはそういう訳ではなさそうだ。
「いやいやこれくらいどころじゃねえよ。なんだよお前ちゃんと取り柄あるじゃねえか、ちょっと見直した」
俺と同じくらいの身長だったが頑張ってよしよしと頭を撫でてやると、こいつは意外なくらいに喜んだ。小学生でもしつけてる気分だ。多分今まで褒められた事が無いのだろう。
「よかった…余計なことすんなって言われたらどうしようかと冷や冷やしてた」
そう言って嬉しそうに笑うとテーブルの上を指差した。
「ご飯も作っておいたよ。冷蔵庫の中に色々あったから勝手に使っちゃった」
飯も作れるのか…この器用さをもっと他の所に使えば確実に何かしらの職につけるだろうに。たった両親がいるかいないだけで不幸になるには幾分か勿体ない。そこで俺はふっとある考えを導き出した――それはもしかしたらただ単に利用したかっただけなのかも知れないが――少なくとも今の一人暮らしも同然な俺にとっては有り難い考えだった。
「なあ」
美味そうに盛りつけられた夕飯を見ながら持ち掛けた。
「はい、なんでしょう?」
「お前ここにしばらく居ないか?」
「えっ」
男はきょとんと目を見開いた。
「給料は流石にだせねえけど、三度の飯に寝床も用意してやるからそれで勘弁してくれないか?お前さんにどこにも宛てが無いなら尚更好都合だ。家事だけでもやってもらったら俺はかなり助かるし」
「でも弟さんの場所が…」
「大丈夫、ライルだって居ていないようなもんだし良い大人だ。この際独立してもらういい機会ってなぐらいに考えればいいさ」
この提案はそれなりにリスクがある。かなり大雑把に言えば昨日の夜に拾った見ず知らずの男と同じ屋根の下に寝るということ、そして弟の承諾無しに部屋を分け与えるということだ。どれもリスクの矛先は俺に向けられているが、それでも一旦自分と関わった人間が外で野垂れ死にするのは見たくなかった。ましてや何故かこいつに限っては見放せないし、傍においておきたいという変な感覚に捕われている。
「本当に…!?僕としては願ってもない仕事だけど大したことはできないよ?」
「いいんだよ、こっちも乗りかかった船には付き合ってやらなきゃな」
俺はそういって男に手を差し出した。
「改めてなんだけど、俺はニール・ディランディだ。よろしく」
こいつにとってはあまりにとんとん拍子に話が進んだから戸惑ったのかもしれない。それでも少し考えるそぶりを見せた後に俺の手を握り返した。俺の手よりずっと男らしいのがなんともいえないが。
「僕はアレルヤ・ハプティズムです。よろしく、っていうか本当に何から何まで有り難う、ニール」
かくして、俺達の奇妙な共同生活が始まった。








貴方のお家は何処ですか?
(犬のお巡りさんも聞いて呆れる)



※一応終わり?



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