※「とんだ火にいる冬の虫」続き








あの後散々怒られてしまった。小さい時に不幸があったのは分かるし同情もするがだからって世間の欲に流されるのは全くもってよくない、第一お前今が一番体の丈夫な時だろ稼ぎ時だろ、身元保証が無いからっつっても皿洗いでもなんでもちっぽけな仕事なら探せばいっぱいあるはずだ。今からそんなんでどうするんだ。淫売なんかやってると色んな奴から病気を移されて死ぬってこともあるんだろ、もっと自分を大事にしろよな云々。なんとも不思議な気持ちだった。だってこんなに怒られたのは生まれてはじめてだったから。自分のためにここまで言ってくれる人に会ったことがなかったから、怒られても逆に嬉しいくらいだ。今まで生きていく手段として身につけていた方法を尽く否定され、僕は成す術もなく口をぽかんと開けて感心しながら、なお説教をかましてくる彼を黙って見つめることしかできなかった。彼としては僕に少しは罪悪感を芽生えさせたかったんだろうけど、僕自体が体を売ることに何の咎めも持っていなかったし悪いと思っていないからあまり意味は無かった。彼も僕が全く反省していないのを表情から読み取ったらしく、途中で話すのを止めてしまった。僕は何と無く気まずくてもうすっかり冷めてしまった紅茶を啜っていると、彼はため息をついてソファーから身を起こし「ついて来い」と指で合図した。カップを机に置いてから彼のあとに続く。彼はリビングを出て二階に上がり、階段のすぐそばにある二つのうち一つの扉を開けて中に入るように顎をしゃくった。促されるままにそろそろと中に入ると、そこは多分弟さんの部屋なのだろう、少しごちゃごちゃした空間が目に映った。ごちゃごちゃしているとはいっても物が沢山あるだけで別に散らかっている印象は受けない。
「そこのベットで寝てくれ。あ、あとあんまりそこら辺のものは触るなよ、もし帰ってきたら弟が文句言うからさ」
「わかりました」
「さっきも言ったけどシャワー浴びるなら一階に下りて勝手に入ってもらって構わないから。タオルも好きに使っていい」
「うん、ありがとう」
にっこりと笑みを浮かべて感謝すると彼はうっと気詰まった顔をした。
「………さっきは叱って悪かったな、義理もなんも無いってのに」
なんだ、気にしてたのか。
「あ、ううん…全然気にしてないよ。むしろありがとう、あんなに僕のために怒ってくれて。嬉しかったよ」
素直にそう言うと、彼は少し目を見開いて、なんだか調子が狂うぜだの何だのいいながらバタンとドアを閉めた。階段を下りる軽い音が聞こえ、僕一人がこの部屋に取り残される。しばらくそのままドアの前で突っ立っていたけど、せっかく寝床を与えてくれたんだからとりあえず寝よう。シャワーも浴びたいけどそれよりも疲れの方が強くて僕はそのままシンプルなベットに潜り込んだ。微かに煙草の匂いがする。弟さんは煙草を吸っているんだろう、それに大分辛いものみたいだ。僕を以前泊めてくれていた男性も吸っていたけどそれよりも強くてきつい匂い。なんとなくそれ以上は思い出したくなくて、暖かい羽毛のようなもこもこした毛布を引っ張り上げて体を包み目を閉じた。色々あったけど結局こうしてベットにありつけたんだからラッキーじゃないか。過去のことは振り返らずに、明日のことはまた明日考えればいい。そうやって今までなんとかやっていけたんだから。







次の日の朝、僕は差し込む太陽の光が眩しくて目が覚めた。うっすらと目を開け、しかし起きることなくもぞもぞと寝返りをうつ。体温で温められたベットが気持ち良すぎて起きたくない。冬のベットほど魅力のある寝床はないと思う。
「ん………」
それでも僕は顔を両手で擦りながら上半身をゆっくり起こした。本当はまだ夜まで寝たいくらいに眠いけど、そこまで甘えるのは僕でも流石に気が引ける。この部屋に時計は無いかと探したら、壁にたてかけてある黒い装飾のついた時計が丁度12時をまわろうとしているのが見えた。
「結構寝たなあ…」
ぼんやりと一人ごちて、欠伸をしながらベットを抜け出した。シャワーを浴びさせてもらおう。そう思って部屋を出て一階に下りる。昨日の記憶を頼りにフラフラとリビングに着いたけど彼は居なくて、そのかわりにテーブルの上には軽めの朝食のようなものが置かれていた。トーストにスクランブルエッグにサラダ。となりには電気ポッド。僕のために用意しておいてくれたらしく、側においてあるメモに走りがきで「仕事に行くので後片付けはよろしく」とだけ書いてあった。もちろん後片付けくらいはさせてもらうけど、そういえば彼がどこで何をしている人なのか全く分からないままだ。電話も無いしお金も無いので彼と連絡をとることもままならない。今日このあとどうしようかな、彼も「今晩は」泊めてやると言っただけでいつまでも住まわせてくれる感じではなさそうだったし、ここを離れてまた新しく場所を探すか、それか彼の言った通りに雇ってくれる所を見つけようかな……なんてことをまだあんまり働かない脳で考えながら、シャワーを借りに浴室へ向かった。






欲と流れに我が身を任せて
(とりあえず今があれば)

※続きます



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