※「幸せを歩く不幸」続き









最近の我が店の売上げといったらない。季節柄、毎日飛ぶように商品が売れる。予約された数だけでも普段の10倍以上だから嬉しい悲鳴が上がるのも当然だと思う。やはり他の人よりは優れた自分の起用さを活かした職業を選んで正解だったなと心の中でガッツポーズしつつ、お客様の為に丁寧な仕事ぶりを発揮する。中でも一番嬉しかったのは、自分だけで考案した商品がとても人気だった事だ。オーナーから何回もボツを食らわされた後でのこの満足感。作り方を誰にも教えていないから自分しか作れないという優越感も確かにあった。そしてそれが今年の一番の看板商品になったのだ。今までに無い発想で、かつ沢山の人に馴染みが深いこの土地の特産物を使ったという所が受けた理由だ。そう、今冬の俺は最高潮に気分が良かった。
「オーナー、もう閉店時間だぜ」
時計の針がぴったり真上を指したころ、俺は上機嫌で話し掛けた。今夜も確実に売れたらしい。厨房からひょっこり顔を出して通りに見えるように置かれたショーケースを覗くと、ほとんどのケーキや焼き菓子が無くなっている。まあ普通のケーキは若干売れ残ったが、そんなものは売上のことを考えると痛くも痒くも無い。季節限定モノは若干お高めだからだ。にんまりと口の端を上げて、俺は返事を待たずに早速まな板の上の道具を片付け始めた。
「もうそんな時間ですか。それでは皆さん、片付けを始めて下さい」
ぱん、と手を鳴らしてオーナーが合図を送ると、厨房にいたメンバーが全員各々に返事をして片付けをした。俺はべっとりとボウルについた生クリームを手際よく洗い流しながら、通りで繰り返し流れているクリスマスソングを鼻で歌う。隣で作業をしているリヒティが俺の方を見て変な顔をした。
「…何かあったんすか先輩」
「いやあ何も?」
「の割には随分嬉しそうっすね」
「何しろ冬は売れるからなあ」
「ボーナス出ますかね」
「出さなかったら訴えてやるさ」
何しろ今冬の売れ行きの半分くらいは俺の手柄なんだからな、と調子よく答えて自分の使った道具を隅々まで優しく洗ってやる。たとえ金属製だといっても乱暴に扱うとすぐに弱るから気をつけなければならない。
「ならいいんすけど。彼女がどうしても欲しい靴があるって騒ぐんで」
「お前も大変だなあ」
「先輩こそプレゼント買ってたじゃないですか。しかもやけに高そうな店で」
「あーそれ俺じゃねえよ、弟」
すっかり水で冷やされて赤くなった手をタオルで拭い、小麦粉やら砂糖やらが引っ付いた作業着を脱いで折り畳む。それを鞄に入れてそそくさと帰る準備をした。大体洋菓子店のくせに閉店時間が遅すぎる。別に俺の帰りを待つ人間なんて家にいないから急ぐ必要はないが、もう少しゆとりある日常を過ごしたい。帰って速攻飯を作って寝て、朝起きたら仕込みの為に仕事場へ。こんな日々が続いたら誰でもそう思うだろう。誰よりも早く準備を終えて服を着込む。コートとマフラーが無いと外の寒さには堪えられない。そしていざ店を出ようとすると、オーナーが呼び止めた。
「ニールさん」
「お?」
ティエリアはつかつかと俺の傍によって、この店の柄の紙袋を渡してきた。覗き込むと、中にはケーキを入れる箱が入っている。どういう風の吹き回しだ。
「売れ残りですがどうぞ」
「いいのか?お前さんの特権だろ?」
「構いません、私の分もありますから」
そう言って、ティエリアはカウンターにある紙袋を指差した。なるほどちゃっかり自分の分は確保しているということか。それなら遠慮なく頂いていくとしよう。
「じゃあお言葉に甘えて」
軽くウインクして袋を受け取る。オーナーも軽く頷いてから踵を返した。「お疲れ様でしたー」と大声で挨拶してから厨房に手を振って、大分静かになった通りに出た。と同時に体が震える。なんて寒さだろう。氷点下なんてとうに越してるんじゃないのか。肩をそびやかして俺は歩きはじめた。此処から30分も歩けば家に着くからそれまでの我慢だ。コツコツと音を響かせながら行く。家に帰ったらまずはシャワーを浴びて湯舟に使って、車雑誌を片手に熱い紅茶でも飲みながらケーキをいただくとしよう。飯はもう今日はいいや。なんだか女みたいなプランだが、帰りたがる癖に他に大してやりたいことは無いのが実際の所だ。弟もクリスマスが近いから最近は家に寄り付かなくなった。どうせ女の家にでも転がり込んでるんだろう。年末くらいは戻れとは言っておいたがそれも怪しい。折角腕によりをかけた料理でも用意してやろうと思っているのに、とついため息をついた。口元を覆うマフラーが蒸気を閉じ込めて少し暖かくなるのを肌で感じた。彼女だってここ二年間くらいは居ない。忙しくて構ってやれないし作る暇もないから、リヒティみたいに貢ぐ(といったら可哀相だろうか?)相手すら居ない状態だ。だからといって神聖なクリスマスをバーで見繕った女と過ごすくらいなら一人でしんみりと酒を飲む方がまだましだというもの。ま、ケーキも貰えたしいいか。そう思って、一直線の通りを抜けて路地を曲がろうとしたその時だった。人通りも街灯もほとんど消えた道なのに何かの気配がした。道の端っこにあるベンチの辺りに、物音一つないが確かに何かがいる。こんな真冬の真夜中に一体何がいるのだろう。人だろうか。俺はちょっとした好奇心から僅かにベンチににじり寄ってみる。暗くてよく分からないが、とりあえず大きさから人間らしいと判断した。いや人なら尚更こんなとこでなにしてるんだ。………と、
「おい」
しまった、つい癖で声をかけてしまった。俺はちょっかいを出す要らない癖を今回ばかりは呪った。不審者だったらどうすんだよ。しかし相手はぴくりとも動かない。寝ているんじゃないだろうか、それなら別に声を掛けても邪魔にしかならない。さっさと帰ろう。そう自分を納得させているのに、何故か裏腹な反応を示してしまう。そっとしておけって俺!
「こんなとこで寝てたら凍え死ぬぞー」
やはり何の反応も無い。しかし段々と目が慣れてきて、正体が何なのかが分かってきた。男性のようだ。黒っぽい服装をしていて明らかに闇に紛れ込んでいる。よく見ると、なんとこの男性はセーター一枚みたいだった。冗談だろう、こんな寒い夜にそんな恰好で町に出るなんてどうかしてるぞ。いやむしろ本気で弱ってるんじゃないか?凍死だってしかねない気温だ。
「おい!大丈夫か?」
今度は軽く男の体を揺すってみた。これで反応を示さなかったら危ない。俺は背筋が冷えるのを感じながら声をかける。
「ん………」
どうやら意識はあるようだった。揺らされて初めて反応を示した。男はもぞりと動いて、ゆっくりとこちらを見上げた。無表情で俺の顔を見る。綺麗な顔立ちだ。少し切れた長めの鋭い目つきにすっと整った鼻。かなり長い前髪がかかっていて半分しか顔が見えないが、それでも分かるくらいに面構えがいい。しばらく俺を見つめて、若干枯れた声を出した。
「こんばんは」
意外にも声は高い。見た目からは想像できない声色だ。
「……何か御用ですか?」
「え、いやそうじゃない。あんまり寒そうな身なりだったし真夜中だから。………酔っ払ってるのか?」
「いいえ」
「あっそ。じゃあさっさと家に帰った方がいいぜ。そのままだと寒いだろ」
「帰る場所がないんです」
「は…?家が無いのか?」
「そう、今のところは」
男は言うと苦笑いした。なに悠長に笑ってるんだ。彼女と喧嘩して帰れなくなったかなにかかと思ったが違った。まず家が無いって。
「今までは何処に住んでた」
「うーん……あてもなくぶらぶらと。で、今日いきなり捨てられちゃって…」
「何だそれ、ふざけてるな?」
「酷い。大まじめですよ」
態度からして本当っぽそうだ。俺に嘘をつくいわれなんて無いしな。
「じゃあ今からはどうするんだ」
「この場に居ますよ。明日になったら住まわせてくれる所を探します」
「そんな行きずりの女みたいな…」
「その言葉通りです。身元保証人もいないから職にもつけないし、守ってくれる人を渡り歩いてるんですけど見つからなくて困ってるところです」
「……………まじかよ」
男は急に俺の腕を掴んだ。ぎゅ、と僅かな圧迫感が腕を締める。いきなり伸びてきた手にぎょっとして男を見る。無表情だった顔に少しだけ笑みが浮かんだ。
「貴方が泊めてくれるなら別ですが」







貴方の息をも食らうしたたかさ
(それくらいしないと生きられない)




※続く



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