浮浪者には辛い季節になってきた。凍えるなんて寒さじゃない。身を切り裂くような鋭い風が、あまり着込んでいない僕の体をじわりじわりと痛め付ける。綺麗で雲の無い星空。普通の人間だったらもうとっくの前に自分の家に帰宅して、暖かい部屋で夕食を取る時間のはずだ。煉瓦が敷き詰められた通りの端っこをふらりと歩く。小洒落た喫茶店や衣服店、最近稼ぎ時の洋菓子店や雑貨店が通りの両側に並ぶように立っている。それらに照らされた雰囲気の良い所を歩く。行く先なんて無い、予定もない、ただ歩いているだけ。最近は早い所では街通りに面した店に色とりどりなイルミネーションの飾りが輝き始める。クリスマスが段々と近づいているのだ。一昨日この通りのごみ箱を漁ってい時に見つけた新聞に、12月21日と書いてあった。その日付がいつのものかは分からないけど、だいたいそれくらいだという見当を持たせてくれた新聞には感謝しよう。僕の存在は他人には見えていないのだろうか、通り過ぎる家族やカップルは僕をちらりとも見ずに歩く。目の端に捕らえる顔達は本当に幸せそうだ。そう、この通りは僕みたいな堕落した人間が歩く場所じゃない。ああいう、普通に恵まれた人達のために作られた場所なんだ。だから僕が無視されようと見られまいと知ったことではないのだ。紅いチェックのコートに身を包んだ女性が大きな紙袋を持って僕とすれ違った。良い匂いがしたからお腹が空いてきた。きっと家で食べるパンを買ったんだろう。だけどお金もカードも、財布だって持っていない。そんなものは生まれて持ったことが無い。パンを買うお金すらないのに帰る場所も無い。場所なら昨日まではあった。知らない男の人だけど、少なくとも一ヶ月位は僕を家に置いてくれた、もちろん無料でとはいかないからちゃんとお礼はしていたけど中々いい関係だったから暫くは続くだろうと思っていたのだ。だけど今日愛想を尽かされた。きっかけは単純だった。彼女にばれたのだ。僕を置いてくれた彼はバイセクシャルで、僕ともう一人、可愛らしい彼女とに二股をかけていたから追い出された。彼は彼女を取った。いとも簡単に自然に僕を捨てた。まあ元々拾われた身だったから良く考えれば元に戻っただけなんだけれど、今の時期は流石に辛かった。震える僕をよそに、ちいさい子供がもこもこしたファーを着て両親と手を繋ぎながら歩いている。羨ましい。あんな風に大事に育てられてみたいものだ。クリスマスソングが通りに流れているのに今気づいた。神を讃える歌声やメロディーが笑い声や話し声にとけ込んでいる。北国はやはり冷える。段々と疲れてきた。3時間くらい歩きっぱなしだ。何処かに腰掛ける所はないかと周りを見ると、少し離れた所に丁度ベンチがあった。



「………はあ…」
ベンチに深く腰掛けて、背もたれに思いっきり背中を持たせかけた。疲労が少し癒されたような気がする。今日はこれからどうしようかな、とポケットに手を突っ込んで足を組んだ。とりあえず寝る場所が欲しい。雪や風を遮る壁が欲しい。この恰好じゃ凍え死ねる。明らかに僕だけ秋の恰好だから恥ずかしい。黒いセーターにデニム生地のズボン、くたびれたスニーカーだけ。屋内なら良いけれど、外に出る時はすくなくともジャケットを着ないとこの国では生きていけない。大体どうして此処に居るのだろうか、それすらも良く分かっていない。自分が不憫でそっとため息をついたら、濃度の高い白い吐息がふわりと漂って遅く消えた。それだけ寒いということだ。道行く人達を座ってぼーっと見ながら、寂しそうな人間がいないかを観察した。女だと良い、男だとより良い。女の人は嫉妬深いというかなんというか、割り切った付き合いが総じてしにくい。その点男の人はさばさばしていて頼れるし、お金が安定している人が多いからこの前の人みたいに一ヶ月位続く可能性だってある。あわよくば再びそのパターンをまた味わいたいのだが、そんな簡単には見つからない。まずクリスマスが近いのだからカップルは居ても独り身がぶらぶらしていることなんてほとんど無いから。近くにある店の時計を確認するために後ろを見たら、もう10時位なんだと分かった。いや11時だろうか、よくは見えないけど大体そのくらい。ベンチにいる客があんまり店内を見詰めるものだから店員さんと思しき人が怪訝そうな顔をしている。首を元に戻してまた通りを眺めながら、もし誰も僕を拾ってくれなかったらここで一夜過ごそうと思った。お腹が空いた。別れる前にお金を貰えば良かった、いやそんな空気じゃなかったかな。もうどうでもいいや、とりあえず独り身を探そう。僕は不審者と疑われない程度にまばらに流れる人を見つづけた。





案の定というか悲しいかなというか、いつまで待っても独り身で寂しそうな人なんて見つからなかった。時々独りの人を見つけても大抵は安堵感に満ちた顔をしているから声をかけるわけにはいかなかったし、かけられもしない。僕は2時間くらい間、神様を祝う名目で飲み食いする予定の人達を見ていたけど、もうその頃には人が殆どいなくなっていた。活気が失せる。店もあちこちで片付けを始めて、電気を消す所も増えてきた。お疲れ様でした、という声が色んな所から聞こえる。通り全体が眠る為の準備をしている。相変わらず街灯に連なるイルミネーションは煌々と綺麗に輝きつづける。今日はもう此処で一夜を過ごすしか無いみたいだ。唯一僕に居場所を与えてくれるベンチに仕方なく寝ることにした。寝そべるなんてホームレスみたいな事はしたくないから(実際はホームレスだけど) せいぜい深く腰掛けて腕を組み、顔を下に向ける。寒さにも慣れてしまった。明日からまた生きるために人を探さなければいけない。聖夜間近に赤の他人を置いてくれる優しい人を。空腹感からだろうか、じわじわと眠気が襲ってきたからそれに促されるようにして目を閉じた。






幸せを歩く不幸
(どなたか、明日をくれませんか)


※続く



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