ニールは洋間の暖炉の近くにある大きなソファーに深く腰掛けて背もたれに両腕を回し、息を吐きだした。明るく踊るように爆ぜる炎が兄弟の身体をちらちらと暖める。じんわりと気持ち良く感じるのは、だんだんと冬が近付いてきた証拠だろう。ライルは隣にある古い木製の椅子に座って胸ポケットから煙草を取り出した。夜の団欒というやつだ。
「はー食った食った」
少し食べ過ぎたかもしれない。軽く五人分くらいに山ほど盛ってあった料理を、三人で殆ど食べ切ってしまったのだ。とは言え、ライルは「上手い」と言ってがつがつおかわりしつつ食べていたし、第一アレルヤが大食いなので残飯がある時など無いから心配する必要はないのだが。あの後アレルヤは一番食べたにもかかわらず、休憩すること無しに食堂の後片付けに取り掛かっていたのだから驚きだ。それにしても美味かった。さっき食べたパイはまた食いたい……今度また作らせよう、などとぼんやり考えながらも、ニールは収まらないいつもの感覚に目を閉じた。昨日は随分よく寝たし、腹も満たされた。非常に満足しているのだが、どうしても帳面の消えない気分がまだ欲求の中にあった。血が飲みたい。やっぱり夜にあれだけ抜かれたのが原因だろう。ティエリアの奴、澄まし顔をしながらいつもより多めに摂りやがったな。いくら腹を食べ物で一杯にしても、実質的には吸血鬼の摂取すべき栄養分は血にしかないので、全くの別腹で求めてしまう。あれが無ければ何をしても最後には干からびて死んでしまうので飲まないわけにはいかない。だがニールはライルとは違ってあまり人を襲いたがらない、そういう性だった。ニールは街中の人間を陰に連れ込もうとして捕らえた時に見るあの怯えた顔が心底嫌なのだ。自分達の牙から死に物狂いで逃げようと暴れる人間を見るのが痛々しい。だから極力避けてはいるのだが、身体が生き血を求めてしまうから困ったものだ。きっとライルは毎日浴びるように飲んでいるはずだ。その証拠に、いつ見ても血色が良いし白い肌が生き生きしている。
「うあー飲みてえ。いまから誰か取っ捕まえてこよっかなあ……」
ソファーの上で悶えていると、煙草をくわえつつニールの近くに控えていたハロと戯れていた(というより羽をびろんと広げたりして虐めていた)ライルが口を出した。鼻が利くので臭くてたまらないが、注意したところでやめることは無いだろう。
「何、兄さんやっぱり最近飲んでねえの?駄目だろ。身体もたねえぞ」
「あー、分かる?」
「分かるも何も顔真っ青だぜ。貧血だろ」
「いや、それはティエリアにすっぱ抜かれたからだ。今度また調合薬を作らなきゃいけねえっつって」
「ふーん」
対して興味のなさそうな声で答えられ、ニールはため息をついた。俺が死んだらここはライルのものになるのに、子供の時から精神面が全然成長していない。あと責任感とかいろいろ。先が思いやられる。と、がちゃりとドアが開いて、食堂を片付け終えたらしいアレルヤが暖炉の傍に居る二人のところにやってきた。二人を見ると空いているニールの隣に座って、甘えるように首元に鼻を擦り付けてきた。半分狼なのだから、行動が獣のようになってしまうのはどうしても仕方がない。
「ね、二人とも…美味しかった?」
「最高だったよ」
ニールが言うと、ライルもアレルヤを見ながら頷いた。ハロはまだライルに摘まれてじたばたと騒いでいるがキイキイと叫んで同意した。ハロも少しだけご馳走を分けてもらったのだ。
「良かった」
各々の反応を見てアレルヤは微笑んで、触ってくれとでも言うようにニールの腕の下に顔を潜りこませる。狼どころかまるで犬のようなそれに、つい顔を綻ばせながらニールは頭を撫でてやった。
「でもご主人は血も飲みたいんだってさ」
ようやくハロを解放し、溜まっていた灰を灰皿へ落としながらライルが言う。ニールはライルを睨みつけた。余計なこと言ってくれるものだ。それを聞いてアレルヤは申し訳なさそうにニールを見上げた。途端に耳がしゅんと頭にひっつくようにして垂れる。
「やっぱりそうだよね…。僕が人間だったら好きなだけ飲んで貰えるのに……」
「大丈夫だアレルヤ。今日にでもいただいて来るからさ。心配しなくていい」
「別にアレルヤの血位飲んでも良いんじゃねえの。純血な人間のじゃねーし、まあ飲み過ぎたら身体に障るだろうけどな」
「そこが問題なんだろ!じゃあライルのでも飲ませろよ。同族ならいいだろ」
「絶対嫌。なんで俺が血ぃ飲まれてセックスさせられなきゃいけねえんだって」
「俺が欲情すんの前提かよ!」
思わず突っ込んだ。確かに吸血鬼の唾液には痛さを紛らわす為の催淫効果を含んでいて、それによって吸われた人間は性欲が増してしまう。蚊の唾液が人間の皮膚を痒くするのと同じ原理だ。アレルヤはふさふさした尻尾を振りながら大人しく俺達の話を聞いていた。
「ていうか大体早死にしたらどうすんだよ。俺はアレルヤより先に死ぬだなんて絶対嫌だからな、堪えられる気がしないぜ」
「………は?兄さん何言ってんだ?」
「言葉通りだろ」
ニールが言うと、ライルは変に素っ頓狂な声をあげた。
「はあ?……ちょ、頭大丈夫か?」
「なんだよ、どういう意味なんだそれ」
「おいアレルヤ、お前何歳だっけ?」
ライルは馬鹿にされて憤慨する兄をそっちのけでアレルヤに尋ねた。
「えっと、大体20前後だと思う」
宙を見ながらおおよその年齢を捻り出す。年なんて気にしてなかったから忘れかけていた。だけどそれに何の関係が…。
「で、半分人間だよな」
「うん」
「だけど兄さん、今俺達って何歳だ?」
「えええっ、そんなの覚えてないぞ。まあでも生まれた年に丁度血の日曜日事件が起こっただろ?だからー…500歳くらい?」
「ほらみろよ。俺達は純粋な吸血鬼だからかなり長生きしてるだろ。だったら半人間なアレルヤが先に死ぬに決まってんじゃねえか。せいぜい生きて80歳くらいだぜ。それどころか狼って短命だって聞くしなあ」
ライルはすっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けて、ニールの頭辺りをさも気の毒そうな目で見た。
「もしかしたら普通の人間より早く死ぬかも知れねえなあ……可哀相に」
そして二人が色んな意味で呆然と固まっているのをよそに、ライルはもう一本の煙草を取り出すのだった。







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