※ハロウィンのボツ












今日のお祭りにぴったりな天候で、村人は喜びながら家に明かりを宿して祝宴の準備をする。どんより重い真夜中。何も見えなくなるようにインクをまるまる一瓶零してしまったかのような、濃淡もない真っ暗闇な空。雲がどっぷりと塵と水を含んで身動きすらしない。そして、そんな天候を纏いながら鬱蒼と繁っているとてつもなく大きな森林群。町の集落から少し歩いたところにある。嫌に湿度を保ち続けている木々が所狭しと生えていて、しんしんと冷えきった空気が村人達に自分の領域に侵入するなと警告している。闇に生きるものだけがそこへ入ることを許されているのが暗黙の解である。万が一奥に進めば進むほどに方位磁針が混乱し、豪気にもこの森を探検する人間や不幸な迷い人は皆正体の分からない奇声や肌を不気味に撫でるような風に身を震わせて逃げ惑うのだ。簡単に戻り道を見つけられる者は居ない。が、もちろんそれでも「逃げる」という選択は決して間違ってはいなかった。何故ならその先を進めることが出来たとしても、必ず闇に住まう獣か怪物の美味しい餌食にされてしまうことが請け合いだからである。いや、たとえ進めなくとも、人間が夜中にそんな危うい場所で生身のままさ迷っているという時点で襲われるのは間違いない。しかも不審者にではなく、そう例えば、
「俺みたいな、な」
…ある男が、一本の太い木の枝に腰を下ろして独りごちた。彼は何の気無しに人を待っていた。森という名の網に引っ掛かる人間を。真っ黒い布を身に纏っているために完全に闇と同化しており、よっぽど良い目でなければ決して見つけることは出来ない。少なくとも人間には無理だ。ただ彼の髪の毛は自然に緩く巻かれ、軽そうな茶色が首元の少し下までかかっている。暇そうに鼻歌を空気に紛らせながら、近くの細枝にぶら下がって止まっている相棒に目をやった。唯一この空間で異色を放っているきなびた蝙蝠。じっと息を潜めたまま身動きしない。
「んー来ねえなあ……」
起きたばかりの目を擦りながら、ひたすら来るかどうかわからない迷い子を小一時間程待っていた。今日は集落で人間向けのお祭りが催されている。村人が皆総出で行うので、こういう日は子供達がはしゃぎながら森に迷い込む事がある。その子供の生き血を戴こうという算段だ。わざわざ町に出ていって気の抜けた人間を探し出すのよりも効率的だと思ったのだが。
「やっぱり手抜きは駄目か…」
ため息をついた。今日はもう諦めて帰ることにしよう。そう思って枝の上に立ち背伸びをすると、蝙蝠も主人の気配を察知して羽を広げた。それを見ながら体を軽く動かして木々を駆ける準備をした、その時だった。
「お、なんかいい匂いがする」
若い活気に溢れた良い血の匂い。近くに誰かがいるようだ、しかもこれは子供か若者のものに違いない。一番飲み甲斐がある年頃だろう。こちらから向かうまでも無く、その匂いは自分から此処へ近づいてくる。待って損はしなかった。男は木陰に身を潜めてその餌を待ち構えた。
それは見るからに迷いました、といった感じの女性だった。分厚いショールを肩に巻き付けて、異様なまでの寒さと恐怖心でかたかたと身を震わせながら、くるぶしまであるスカートを指でつまんでさまよい歩いていた。くたくたになった靴などを見ると、ずいぶんと迷ったらしい。男はにやりと笑みを隠さず、早速食事にとりかかった。挨拶なんて礼儀正しいことは人間には絶対にしない。女性の背後へ音を立てずに近寄って、抵抗出来ないように口元を手で覆った。片方の手で細い両手をまとめて縛り上げ、何も出来ない恐怖にさらされた女性の顔を後ろから盗み見る。
「大丈夫、殺しはしないさ」
せっかくのご馳走を食い荒らすことなんてするものか。そう耳元で甘く囁いて、緊張で青白く光る細い首筋にゆっくりと歯を食い込ませた。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -