次の日になってもまだ興奮が冷めない。
とてつもなく突然のことだから、自分の気持ちが全然整理できていない。だけど少なくともこんなに気持ちが高ぶる人生なんて今まで味わったことがなくて、僕は今完全に幸せに翻弄されている。ニールが僕のことを好き。考えるたびににやけてしまって、体が熱くなる。もしかしたら僕が彼を引きずり込んでしまったのでは…と時々不安になるけれど、それを言うたびにニールは違うと優しく応えてくれるからますます嬉しくなった。あの夜に起きたことがまるで夢みたいだ。夢なら覚めないで。ニールに追い詰められた時、背中がぞくぞくしたのを覚えている。痺れるように甘い掠れ声もあのキスも、今までした中でいちばん安堵感にみたされるものだった。まだそれら自体の経験は浅いのに、あれ以上のものはないと何故か確信できた。僕はこんなに幸せでいいのだろうか。




今日もまたいつもの一日だ。日が暮れるのがとても早くなったので、お客さんが来る時間帯もいよいよ極端に早まってきた。そして外が寒ければ寒いほどお客さんの銭湯に留まる時間は長くなる。なかなか帰りたがらないのだ。お客さんは皆、銭湯内の数少ないストーブを囲んで談笑している。そんな中、アレルヤはごった返す銭湯をあちらこちらと回って周りに気を配り、一人一人に笑顔を見せては仕事に追われていた。大変だが、帰り際に「お疲れ様、気持ち良かったよ」と言われるだけで疲れも飛ぶくらいに嬉しい。
「あ、イアンさん」
アレルヤはたった今来たお客に気づいてにっこり挨拶した。
「こんばんは。お疲れ様です」
「おおアレルヤ。今日も繁盛してるな」
イアンも答え、寒さから逃れるようにしていそいそと中に入ってくる。そしてイアンに続いて銭湯に入ってきた人を見て、アレルヤの心臓が少しはねた。二人が番台に来ると二枚の木札を渡す。
「ニールもお疲れ様」
「よ、アレルヤ。相も変わらず忙しそうだな、手伝おうか?」
今日はやけに早い。番台の上にある時計を見ると、まだ9時になるかならないか位を指している。いつもより2時間も早い。
「ううん、大丈夫。それより今日は早いんだね、イアンさんと一緒に来るなんて」
「まあな。はやく温まりたくておやっさんについて来ちまった」
ニールが笑うと、イアンは眉をハの字にして口角を上げ、後ろを指差した。
「最近こいつの調子がやっと戻ってきてな。ちょっと前まではため息ばっかりついてぼけっと作業してたんだが」
「お、おい」
「この頃はむしろ最初より効率が上がってきてるんだ。まったく情緒不安定な奴だよ…一体何が起きてるのか聞きたいもんだ」
「ちょ…、それは言わねえ話になってただろ!べらべら喋るなって!」
ニールが慌てた様子で咎めると、イアンは「おおっくわばらくわばら」などと冗談まじりに肩を竦めて、談笑している男性陣の中へ足早に加わっていってしまった。
「ったくあのおっさん…」
そう言ってニールは背中を睨みつけた。
「そんなことになってたんだね」
アレルヤがくすくす笑ってニールを見ると、明らかに寒さのせいでは無い赤みが顔にさしていた。白い肌によく映える。
「よし、じゃあ一っ風呂浴びて来るか」
「それじゃ、ごゆっくり」
アレルヤは番台から降りて、定期的な見回りをしようと女性の風呂場へ向かう。しかしそれをニールが止めた。
「……?どうしたの」
「と、その前に」
ニールはきょろきょろと周りを見る。誰かを探しているのだろうか、とアレルヤはニールを見ながら思った。しかし彼はどの視線もこちらに向いていないのを確認すると、アレルヤの手をぐっと引いて休憩所の近くの部屋に引き込んだ。大量のタオルや洗濯物を置くための部屋だ。急な行動にアレルヤは足を縺れさせながらも否応なしに中に入る。なんでこんな部屋を知っているのか、という疑問は急過ぎて出て来なかった。洗濯したタオルの乾いた匂いが鼻をつつく。
「ニール!?」
「しーっ、静かに」
人差し指をアレルヤの唇にあてて黙らせると、驚くアレルヤを余所に悪戯っぽい笑みを見せた。こんな表情は始めてだ。
「見られてないから大丈夫だ」
いや、そんな問題ではないんだけど。アレルヤがそう言おうとするより前に、ニールの顔が急に近づいてきた。そんな、昨日の今日でここまで態度が変わるだなんて。僕なんてまだ驚きの余韻に浸ってるくらいなのに。ニールの長い睫毛が伏せられるのが脳の端っこに見えた。お客さんがまだ沢山銭湯にいるのに、こんな変なことをする自分達があまりにも滑稽過ぎる。アレルヤは呆れたが、結局のところこの人にはかなわない。呼び捨てしかり、飲み会しかり。お互いどっこいどっこいな関係というわけか。色々と考えたが、アレルヤはニールの薄くてきれいで美味しそうな唇を見ていたらもう考えるのがバカらしくなって、結局目を閉じてニールの我が儘に乗った。






ああ、僕は今、
こんなに幸せでいいのだろうか。






(終)

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