驚くくらい、その効果は絶大だった。
俺は生まれて初めて男をまともに抱きしめた。今までにも男同士で抱き合ったことはあったが、それはもう随分昔の事で、しかも地元の高校の弓道全国大会で団体戦優勝を飾った時という、極めてありがちで健全な理由によるものだった。だけど今抱きしめているのはそれとは全然意味が違う。こんなに温かくてふわふわした奴は初めてだ。そしてアレルヤがそれに応えるように優しく俺の背中に手をまわすと、何故か奥底にやどったあの意味不明な感情が熱されて、まるでぐずぐずになったバターが溶けていくように、じわりと余韻を残して消えていくのを胸の奥で感じた。あの不愉快な気持ちが、塊ごと消えていく。今まであれだけ自分を悩ませていたそれが抱擁で解決するだなんて。感情が溶けて流れていく過程が心地好くて、アレルヤの首元に顔をうずめる。アレルヤは特になんにも言わず、ただやさしく抱きしめてくれていた。
「………柔らかいな」
「うん……。はんてん、着てるしね」
ふうん、はんてんと言うのか。もこもこしていて気持ちがいい。これを着たらさぞや暖かいんだろう。でも、気持ちがいいのはこれだけじゃない。アレルヤの声だって、物凄く純度がたかくて柔らかい。匂いだって良い。安心できるような感じというか。まだ濡れた首筋の髪の毛が俺の頬を軽くくすぐってきて、目を細めてそれとじゃれた。
「アレルヤも柔らかいよ」
「そんなこと……」
「すっげえ柔らかい。こんなに癒されるんだったら、もっと早くから気付くべきだったな…そしたらあんなに悩まずに済んだのに」
「無理だよ…。僕だって、言い出すのに勇気が要ったんだから」
「まあそうだろうな。他人に抱きしめてほしいなんてそんな簡単には言えねえし。アレルヤってすごいな」
「嫌味ですか、それ……」
「ううん。ただ嬉しいだけ。俺のうざったい気持ちを消す鍵がアレルヤ、ってのはある意味正解だったんだなあって思って」
「そんな風に思ってたんですか」
「俺なりにな」
もうずっとこのままでいたい。ずっとアレルヤを抱きしめていたい。だけど俺は腕を解いて今度はアレルヤの頬を両手で包んだ。もう認めないわけにはいかない。輪郭線をなぞると、男のくせにやけにすべすべしていているのが感触で分かった。髭の剃り跡すらない。切れ長の目元は微かに朱く、近すぎてよくは見えないが、きっと今も瞳が綺麗に違いない。アレルヤはまだ俺の背中に腕をまわしたままだ。
「………アレルヤ」
「なんですか?」
甘い声が返事した。
「俺さ、やっぱりどんなに譲歩しても、男が好きにはなれないと思う」
「…………う、ん」
「だけど、アレルヤならいい」
「…………うん………………え?」
アレルヤが固まったのが、体越しによくわかる。思わず苦笑した。
「思ったんだけどさ、お前ってそこら辺の女よりずっと可愛いぜ」
「……………ニール……?」
「こんなに純粋でひたむきで素直なお前を見てたら、好きなやつが男だってなんだってよくなってきちまった」
「っ!」
俺の言葉に思わず息を飲む。吐く息が小刻みに震えているのがもういじらしくてしょうがない。一度口に出したら余計可愛く見えてきて、つい微笑んだ。
「俺の事好きなんだろ?」
「………うん」
「で、俺もお前の事が好きなんだ。こりゃもう、辿るべき道は一つだな」
その言葉に、アレルヤは目を瞬かせた。
「……そう、なの?ほんとに…?」
「ああ。みたいだ、アレルヤ」
そう言って、俺はゆっくりとアレルヤの唇を奪った。今度は前みたいな無理やりなやつじゃなくて、優しさに満たされた甘い口づけ。最初は戸惑いこそしたものの、自分がキスされているのが分かると、請うようにアレルヤも自ら唇を軽く押し付けてきた。深くまじわることはせず、ちゅ、ちゅ、と何回も角度を変えてはお互いの唇を啄みあい、舌を触れ合わせる。もしかしたら、今までのキスの中で一番幸せなものかもしれない。
「………ん…」
アレルヤも嬉しく思っているのか、俺の背中にある腕に力が入った。まるで離したくない、と言っているかのように。離すわけがないだろ、こんなに大事なものを見つけたんだから。


俺達はこの後も、しばらくの間はこうやってずっと口づけを繰り返していた。何時までああやっていたのか全然分からない。今思えば多分、あまりにも幸せすぎてアレルヤを感じることしかできなかったからじゃないかと思う。






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