「…………そうか」
しばらくの沈黙の後、ニールは床を見つめながら低く呟いた。ただそれだけだった。顔を伏せているせいで、彼が一体どんな表情をしているのかが全く分からない。でも声色から察するに、言葉を軽く受け取っているわけではなさそうだ。
「…………あの…」
アレルヤはおずおずと切り返した。いくら非凡な状況だといっても、一応これは告白だ。好きな人に想いを伝えるという、生半可な気持ちじゃできないこと。流されたくなかった。我が儘でもいいから、なんとか返事をしてほしい。
「あ、ああ。悪い、アレルヤ」
しかし当のニールは頭を上げて、すまなさそうな顔をした。それはどういう意味なのか。
「ちょっと考え事してた」
こ、こんなときに。
「いえ……。…でも、僕がニールのことを好きというのは、本当です。変かもしれないし気持ち悪いかもしれない。そう思われても仕方ないことも分かってます。その上での、告白なんです。だから…ニールの気持ちを聞かせてほしい」
指をぎり、と唸らせて拳をつくった。いいたいことはいった。あとはニールの言葉をまつ。質問からずるずると引っ張って話題を移したが、返事は欲しい。アレルヤは彼と目線を離さないまま、じっと彼の反応を待った。






「………わかんなくなった」
「…え……。そんな…」
一体何が分からなくなったんだ。アレルヤは焦った。手に汗がにじむ。こんなときまであやふやにされて明日に持ち越されたら、ますます僕はニールへの態度を変えるだろう。きっと今以上に会話ができなくなる。
「正直いうとな、俺も何がなんだか分からないんだ。あの夜から、相当色んなことを考えてきた。全部アレルヤのことだけど」
「………はあ…」
「だけどあんまり悩ませるから、いっそのこと事の原因であるアレルヤの色んなことを知ってしまえば、俺の心もいくらか自然にすっきりするんじゃないかと思ってさ」
「………それで…今日」
「そう。まあ結局質問は簡単なものしかなかったけど…でもわからなくなった」
そういうと、ニールはおもむろに立ち上がった。顔はお互いに見合ったまま、アレルヤの目線が少し高くなる。
「正直戸惑ってるんだ。俺はゲイじゃない。女が好きで、女に魅力を感じるしな」
「……………」
ニールがこちらに一歩近づいた。
「だけどアレルヤのキスだって気持ち悪いと思わなかったんだ。床に押し倒されて目の前で色々言われても、アレルヤが今にも泣きそうな顔で攻めてきても、違和感を感じなかった。むしろちょっときれいだと思ったくらいだ」
また一歩、近づいた。ニールとアレルヤの距離がどんどん狭くなっていく。アレルヤは少しあとずさりして距離を保とうとしたが、背中に固いものを感じた。茶色い木製の広い棚に当たった。そうだ、ここ脱衣所だったんだっけ。
「それでさっきの告白だって、別に全然嫌だと思わなかったんだ。おかしいだろ、ゲイじゃないはずなのに告白されても受け入れられる。だからもう自分が訳分かんなくなっちまって………」
ついに彼との距離が無くなった。目の前にニールがいる。すごく近い。眉毛の一つ一つの筋すらはっきり見える。瞳なんて絶対に見れない。今見たらきっと吸い込まれる。アレルヤは視線を断ち切って、首元で揺れる彼の茶髪に移した。どうやったらこんなに柔らかそうな髪の毛が持てるんだろう。僕のなんか硬くて変なところで跳ねてて、ニールのとなんて全然違う。
「アレルヤの気持ちは分かったけど、自分の気持ちは全然わからないままだ。こんなはずじゃなかった……」
噛み締めるように呟いて、ニールは畳み掛けるように右手を木棚につけた。完全に追い詰められている。こんなだだっ広い脱衣所で、僕らは一体なにをしてるんだろう。
「なあどうしたらいいと思う、アレルヤ。もう俺、これ以上お前にも周りにも迷惑をかけたくないんだ。なにより、このぞわぞわした感じを何とかしてほしい」
ニールの声が心なしか掠れていた。吐息がかかる。息が白い。これとよく似た光景を思い出して、アレルヤはニールの言葉を聞き終わると少しの間をおいてから思わずくすりと笑った。
「……………ふふ」
ニールが眉根を寄せる。
「…あ?何笑ってんだよアレルヤ…。こっちはこれでも真剣なんだぜ?」
「あ、ごめんなさい。………だってこの感じ、まるであの日の僕とあなたが逆転してるみたいで……」
そう、僕はあなたの気持ちがよくわかる。あの日の僕と同じような顔をしてる。自分の感情に理性がおいつかなくなるとそうなるんだ。なんでもいいから解き放って欲しそうな、安定しない表情。
「そういえばそうだな……またこんがらがったことにならなけりゃあいいが」
ニールも苦笑したけど、それを聞いても僕の傍から離れなかった。つくづく僕も駄目な人間だな、と思う。憂鬱になりそうだ。自分の中だけで終わらせようとしていた気持ちをつい外に出したせいで、最終的にはこんなにいい人まで感情の奈落の底に突き落としてしまった。申し訳ない。でももちろんそのままにしておくつもりはない。しておけない。僕にはこの人を救う義務がある。いや、救いたい。このまま温くて寂しい関係のままでもいいけれど、それじゃあニールのためにならないし、僕もそれで一生を過ごすことは出来ないだろう。だったら、ニール、ちょっと僕の提案をきいてみてくれたりはしないだろうか。これは一か八かの妥協案だから、もちろん断っても全然構わない。もしかしたら失敗するかもしれないから。僕はしないほうに賭けたいけれど。するのはニール、待つのは僕だ。だけど今、ニールが淀んだ感情から解放されるかもしれない一番の策を、やれるだけやってみないか。
「アレルヤ、そんな勿体振らないでくれよ。もうなんでもいいから言ってくれ」
「……うん、じゃあ………」
僕は彼の耳を引き寄せた。そしてそこに自分の口を近づけて、そして誰にも(挙げ句の果てにはニールにも)聞こえないように、小さな声で呟いた。
これでニールの心が落ち着くかどうかはわからない。だけどとりあえず、

「僕を、だきしめてみませんか」













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