「………最近、何かあったのか」
牛乳を飲んでいた刹那にそう言われた。
「…え?僕がかい?」
問うと、彼は無表情のまま頷いてアレルヤをみる。頷いた振動で牛乳にゆるい波が起きた。アレルヤはきょとんと目を開く。刹那が自ら話し掛けるという滅多にない出来事と、その刹那からが突然変な問いかけをしてきたということ、その両方に驚いた。さて、自分に何か変な振る舞いでもあったのだろうか。
「無いけど…何かあったように見える?」
首を傾げて問うと、少年は牛乳を一口飲んでからこくりと頷いた。
「顔が…にやけていることが多い」
「ええっ?」
「態度も、少し変わった」
全然気が付かなかった。周りからはそんなことを言われたことが一度もないし、自分が無意識ににやけているだなんて思いもしなかった。そんなへらへらした状態の番台はさぞや気味が悪いだろう。
「ご指摘ありがとう刹那。これから気をつけるよ。気持ちを引き締めなきゃね」
すると刹那は反省するアレルヤをちらりと見て、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でぼそりとつぶやいた。
「…………別に構わないと思うが」
「ん?何か言った?刹那」
アレルヤは言葉が聞き取れずに催促したが、刹那何も無いと首を振って残りの牛乳を飲みきった。そして空っぽの瓶を渡すと、話し掛ける間もないままに銭湯を後にした。アレルヤはそれをただぼーっと見送りながら、刹那の言葉を心の中で反芻させていた。最近何かあったのか。指摘されたことに対する原因を探ってみる。最近といえば、浴場にある洗面器にひびが入っていたので変えてほしいとお客さんにいわれた。あとは…あ、そうそう、換気扇が段々黒ずんできたから今度イアンさんに会ったら取り外すようにお願いしなければならない。でもこれらは今まで定期的に行ってきたから、別にいまさら言うことでも無いはずだ。あとは何かないだろうか、最近起きたこと。無意識ににやけさせたり、周りから見ても分かるくらいに態度を変えさせたりするもの。






(…やっぱり……………………ニール、)
だろうか。でも一番脈がありそうな人だ。もうあれから日にちは経ってしまったが、アレルヤはまるで昨日のことのように覚えている。酔った勢いなのかどうかは分からないが、一緒に布団に倒れたあの日、最初はほとんど一睡もできなかった。そのうちお酒の効果で次第に眠りに落ちたが、一日中あの人の腕が自分の体を押さえ付けていたのを忘れるわけがない。押さえ付けていたとはいってもそのうち力が抜けてただ乗っかっているだけだったが。それを申し訳ないけど少し重いと思ってしまったり、でも隣の人のものだと思うと何故か………い、愛しいものに見えてきて(いや違う、多分愛しいというよりもっと不透明で奥から沸き上がる、少し醜い感情と言った方が正しい)離したくなくなってきたりして。触りたかったが、気付かれたくないので我慢した。それに触ってしまったら自分の感情が指先から溢れてニールに直接伝わってしまう気がした。馬鹿みたいだが、本当にそんな気がしたのだ。
初めて会った時から、アレルヤは不安定ながらも少なからずニールに好意を抱いていた。まず外見がかっこよかったから思わず一目惚れした、というのは否定できない。しかし会話を交わす度に、今度は彼の内面まで好きになってしまった。アレルヤは生まれ持った大人しい性格のせいで、周りからよく話し掛けられる方ではなかった。でも自分だって皆みたいに騒いだり思い切り笑ってみたりしたいと、いつも皆を微かな羨望のまなざしで見つめていた。それに気付かれることはほとんど無かったが。小学生のころも中学生のころも、高校生のころも。大学の時は、まず固まったグループに属すことも無かったので大体一人で行動していた。だから銭湯という場所で、同年代のニールに声を掛けられたり酒に誘われたりすると、それはもう白黒の世界が一気に色づいたように嬉しかったのだ。そして、そんな自分に心を開いてくれた彼の優しさがこの気持ちを後押しした。もしかしたら少し欲求不満なのかもしれないので確かなものかどうかは分からない。
でも彼が好きだということは自分でもとっくに気が付いていたし、気づいた時からこの想いは通じないということすら分かっていた。当然だがニールは女の人が好きなのだ。女という、可愛らしくて、時には恐ろしいほどの魅力や守ってあげたくなるようなはかなさを持った生き物が好きなのだ。それは勿論、自分のような男は恋愛の対象には決してならないということを意味していた。だから諦めるしかない。それも十分に分かっていた。






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