「おう、帰ってきたか」
郵便局の裏口から職場に戻ると、イアンが湯気を立たせた紙コップを二つ持ってきてニールに片方渡した。ここにはまだ2人しか出勤していないようだった。まだ7時半ばだし、大体事務を執りはじめるのは8時くらいだから当然といえば当然だ。どうも、と手を挙げてから受けとる。じんわり温かくて、冷え切った手元をいたわった。
「今日も寒そうだなあ、鼻が赤いぞ」
「誰のせいだよ。上着くらい着せろっ」
「まあ決まりだからなあ」
ずずずっとコーヒーを啜って息をついた。冬の朝に飲むコーヒーはすごく美味い。このくそ寒い中に配達に行ってきた身体を慰めてくれる唯一の飲み物だ。また昼前と夕方頃にも配達に行かなければならないが、それまでは基本的に自由にできるのでつかの間の休憩を味わえる。
「どうだ、ここにももう慣れたか?」
イアンが配達の集計表に目を通しながら聞いた。手慣れた動作ではんこをぽんぽんと押していく。それを椅子に腰掛けてぼうっと見ながら、まあね、と答えた。
「国営だなんていうからもっとかっちりした所だと思ってたけど、なかなか普通の場所なんで緊張して損したぜ」
「都内の方だったらお前の想像通りだと思うぞ。配達だってバイクでできるし。好きなんだろ?そういうのとか」
「いや、俺はこっちの方がいいね。確かに若い同僚と楽しく勤務って訳にはいかねえけど、こっちなら一人暮らしするくらいの家賃も支払えるしな」
持っている紙コップを見ると、飲みかけのコーヒーがもう温くなっている。随分冬が近づいてきた様だ。さすがに家にある秋物の洋服を冬物に変えなくては。帰ったらやるか、と思いながら一気にコーヒーをあおった。
「若い同僚か……。そりゃちと無理だな。定年退職してもここに勤めてる奴らは他に稼ぐ手段が無いから仕方なくここに居るんだ。老後の生活費を養うためにな。誰か一人でも辞めてくれりゃあすぐに若いのを入れられるんだが。てことはなんだ、まだこっちに来てそれらしい友人も出来てないのか?」
イアンが集計表から顔を上げて、少し申し訳なさそうな声を出した。別におやっさんに非があるわけじゃないし、友達ができないわけじゃない。ニールは首を振った。
「いや、出来たのは出来た。昨日強引に引っ張って酒を飲ませたりしたし」
「ほう、誰だ?もしかして女か?」
目を輝かせながら追求するイアンを見ていると、彼の奥さんが不憫に思えてくる。若いなあこの人も。そんなに女が好きなのか。もう50を過ぎてなかったか?
「違えよ。銭湯の番台さん」
「なんだアレルヤか。つまんないな」
「んだよそれ。アレルヤに失礼だぞ」
イアンがあからさまに肩を落とすのを見て、ニールは苦笑いした。
「まあでもとりあえず良かったじゃないか。アレルヤ、いいやつだろ?」
「びっくりするくらいにな。あんなに出来た男なんてそうそう居ねえよ」
空っぽになった紙コップをいじりながら認めた。
「でもあんなに器量が良くても女にもてるわけじゃないらしいしなあ。けっこう顔もいいんだけど。なんでだろう…気が弱そうだからかな?」
「ちょっと待てニール。もしかしてそれアレルヤが言ったのか?」
「え?だって昨日飲んでる時に言ってたぜ、女と付き合ったことは無いって」
ニールが眉をあげた。あれ、そう言ってなかったっけ?いや確かに言っていた。自分は女の人と付き合ったことないけどニールさんはもてるんでしょう、と。それを聞くとイアンはさも納得したように頷いた。
「ああなるほどそういうことか。ちょっとばかし勘違いしてるぞ、ニール」
「勘違い?そりゃどういうことだ?」
意味が分からなくなった。
「俺はあいつとは小さい頃からのよしみだから色々と知ってるんだが、あいつは告白された回数でいくとおまえさんと同じ位だと思うぞ」
え、そうなのか。ということは女からの告白を20年間ずっと断り続けているってことになる。まさかそんな。いやその前にまず、いくらよしみといっても何でそんな細かいことまで分かるんだ?
「アレルヤが高校生の時には、バレンタインの時とかクリスマスの時期になると山ほど荷物を抱えて俺の家にやってきて頼みにきたもんだ。物は保管できるけど食べ物は食べ切れないから手伝ってくださいっ!てな。懐かしいよ」
「えええっそんなに!?俺よりひどくないか?なんだよアレルヤのやつ、全然もててませんみたいな顔しやがって……」
心底驚いた。しかしそれと同時に納得もした。やっぱりもててたのか。だったらきっと好みが違うんだろう。恥ずかしくて贈り物もできないようなうぶなのがタイプなのかもしれない。皮肉なことだ。
「まあそういうこった。お、そろそろ8時だな。じゃあ昼の配達分の仕分け作業は自分でやっといてくれ。判は押しておいたからな」







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