「アレルヤって彼女とか居ないのか?」
話も進んでちゃぶ台の上にある空の缶が3、4個になったとき、腰を折るような形でニールがアレルヤに言った。彼は少しだけ彼の頬が赤く染まっていてまるで風呂上がりの時みたいだったが、口調は未だはっきりしてそれでいて柔らかかった。どうしてそんな聞き心地のいい声が出せるのかを探るように、ニールの唇をちらりと見る。
「いえ、今まで誰ともお付き合いしたことはないです。でもニールさんは格好いいから凄くもてるんでしょう?」
聞かなくても分かっている。だってこんなにいい人なのに、女の人が放っておくわけがない。賭けてもいい。しかし当の本人であるニールは眉を下げて、
「いやあ俺はなかなか駄目だ。付き合ってくれって話はいくつか貰ったけど、どいつともすぐに別れちまうし」
と少し悲しそうな声を出した。アレルヤはその様子に少し戸惑うと同時にその表情が気にかかった。なんだか変な顔だ。
「なんでですか?ニールさんみたいな性格だったら色んな性格でも合うと思うんですけど……浮気とか?」
どちらが、という事は匂わせないことにした。失礼過ぎるし、第一踏み込んだ事を聞いていいのかどうかをニールの表情から読み取ることすらできない。
「そういうわけじゃないんだ。ただ俺からいっつも振っちまうだけで」
そこでビールを一口飲み、頬杖をついてアレルヤのほうを向いた。少し鼓動が乱れる。さっきまでのイアンさんの話をしている時や、友達との面白い出来事を話す表情とは違う、なんだか神妙な感じだ。お酒が入ったから変化が雰囲気に出たのだろうか。アレルヤはこの雰囲気を読み、話を聞くことにした。
「話してみてください。すっきりするかも知れないですよ?」
始めてのお酒の付き合い相手に本音を漏らすのかは分からないが、きっかけだけは作っておく。あとはニールにとってのアレルヤの立ち位置が、彼の本音を聞くに値するものかどうかを待つだけだった。
「そうだな。………実のところ、俺のことを好きって言ってくれる子はたくさんいるんだ。それはこっちとしてもすげえ嬉しいし、俺もその子に応えたい。でも、いっつも付き合って一週間くらいしたらふっと分かるんだよ。ああ、こいつ俺と付き合ってるわけじゃないんだなーって」
「……………」
「つまり、こいつは目の前に居る俺にじゃなくて、そいつ自身の脳の中にいる理想像と化してしまった俺に恋してるんだな、って分かるんだ。変な話だから意味分かんねえだろ?でもあいつらは、目の前に本物がいるのにまだ妄想のほうに魅力を感じてお付き合いしてる。しかも今まで付き合ってきた子のほとんどがそんな感じなんだ。だからさ、あのキラキラ光ったフィルター越しの目を見てたら萎えてきて虚しくなってきて、俺から持ち出してすぐ別れちまうんだよ。ま、もう慣れたんけどな」
アレルヤはグラスをちゃぶ台に置き、いつのまにか彼の話を一心に聞いていた。
「別に俺だって人間なんだから、嫌な気分になるときくらいあるさ。でも、皆はニールだから全部笑顔で受け止めてくれるって勘違いしてる。んでもって、その分余計な期待に応えなきゃいけなくなって、今の俺があるわけ」
ニールが言葉一つ一つに力を込めて話す。それをアレルヤが何も言わずじっと聞いているのを見て、悪い悪いと謝った。
「変な感じになっちまったな。でもこんなこと、他の友達にはとてもじゃないが聞かせられないし。俺の彼女の事とか色々知ってるしな。アレルヤがいてくれて良かったぜ」
「そうですか。僕もよかったです、ニールさんのお話が聞けましたしね」
とくに質問してその話を広げようとはしなかったし、そのつもりもなかった。ただアレルヤは、彼がおそらく他の人には話せないであろう本音を語ってくれたことに対する嬉しさを感じていたのだ。ニールは幾分かすっきりしたような顔つきでグラスに残ったビールを一気に飲み、にこにこしてアレルヤを見た。
「今度はアレルヤが何か話してくれよ」
「えっ」
突然そういわれて戸惑った。何か、というのはさっきニールさんが話したような本音的な何かだろうか。それとも身の上話みたいな生い立ち的な何かだろうか。
「俺ばっかり曝したって面白くないだろ?アレルヤも何か情報提供してくれよ」
「んー……特に無いんですけど…。そもそも自分の話をそこまでしたこと自体が無いんです。機会も無かったですし。何を話せばいいのか分からない…し」
「じゃあさ、俺から質問していい?」
「え、ええ、どうぞ」
アレルヤが頷くと、ニールはおもむろにアレルヤを指差した。何だろうか。
「それ」
「えっ?」
「それだよ、その常にひっついてくる敬語。こんなに俺が腹割って話そうとしてるのになんで使い続けてるんだ?」
指摘されて初めて気がついた。そういわれてみれば、自分は生まれてからずっと誰に対しても敬語を使い続けている。
「す、すみません。失礼でしたか?生まれつきずっとこれだったから…」
「今までずっとそれだったのか…。職業病かと思ったけど違うんだな。じゃあこれからは少なくとも俺には敬語無しってことで。丁寧なのはいいことだけど、このままじゃあ全然関係が縮まらなさそうだし。なんだか敬語使われると、一定の距離までいってもそれ以上はお断りします、って言われてるみたいだ」
「違いますよ!そんなこと思ってなんか」
「わーかってるって。だからこそだろ。無理矢理にとはいかないけど、善処してくれってことだよ。な?」
ニールに催促されては断れるはずもなく、アレルヤは若干恥ずかしがりながらもなるべく敬語を話さないことにした。
「う、うん………分かった」
「それでよし、と。これからもそれでがんばってくれよ」
満足げな表情を浮かべて、ニールは最後の一つになった揚げ物を口にする。アレルヤは落ち着かないようにもじもじしながら、ふと時計の方に目をやった。もう夜中の2時を過ぎている、そろそろ寝ないと明日がきつくなりそうだ。
「どうしま…えーっと……どうする?もう2時になっちゃったけど。ニール、は、明日も仕事あるんじゃない?」
敬語じゃなかったらこんなに距離が近くなるんだ。呼び捨てもすごく緊張する。
「おう。じゃ、今日はここまでにしとくか。今度飲む時はアレルヤが暴露するターンだからな、覚悟しとけよ」
ニールがにやっと口を歪めるのを見て、アレルヤは勘弁してくれと苦笑いした。
「じゃあ居間に布団を出すから、ニールはテーブルの上のものを台所に持って行ってくれる?置いておくだけでいいよ」
「いやいや、これくらい洗うって」
ニールが容器を盆に乗せて部屋を出ると、ちゃぶ台を壁に立てかけてスペースを作り布団を敷いた。この布団は元々弟の物だったが、彼は独立してどこか知らない所へ行ってしまった。今どこで何をしてるんだろう。布団を見ながらぼんやりしていると、ニールが濡れた手をタオルで拭きながら戻ってきた。
「わざわざありがとう。じゃあ、僕は自分の部屋に行くから。おやすみなさ」
「おいおいつれねえなあ。せっかく初めての親睦会でいっちょ前の友達になったんだぜ?今日くらいふざけろって」
え、ふざけるってどういうこと?アレルヤが聞く前に、なんとニールは右腕一本でアレルヤの首もとをがっちり押さえ込み、アレルヤもろとも布団に共倒れした。視界いっぱいに天井が映る。首もとには彼の腕。背中には柔らかい布団の感触。右を向くとほんの10センチのところに彼の顔があり、訳がわからなくなって混乱した。小さく悲鳴を上げる。
「ああああのっ!ちょ、ニール!?」
「お前さん、このくらい強引に行かないと中々心を開かないだろ?狭いけど少なくともこれからの飲み会の時はしばらく我慢だな、アレルヤ」
心を開く開かないの問題じゃない。ゲイにとってはこんな状態で寝ろと言われても不可能だと決まっている。ていうかこれからも飲む時は必ず泊まるの!?アレルヤは必死に抵抗しようとして躍起になった。
「駄目だって!こんなの僕が嫌ですから!ニールだって狭くて寝られないよっ」
「俺は全然平気。弟としょっちゅう一緒に寝てたし全然慣れてる。じゃ、おやすみアレルヤ」
いやそんな!!あなたが平気でも僕が我慢できないんだってば!絶望的な目をしてアレルヤは視線で訴えかけたが無駄な抵抗だった。ニールは腕をがっしり乗せたまま、目を閉じてすぐに寝付いてしまった。これもまたお酒の力か。寝息を立てる彼の顔が間近に目に映る。彼の茶色いふわふわした髪の毛が寝息で揺れるのを見た。警戒心のかけらもない。当たり前だが。視線をわずかに下げると、彼の胸元がまるでアレルヤを誘っているかのように見える。そこから銭湯の石鹸の匂いとは違う彼独特の僅かに甘いような匂いがして、アレルヤは目眩がした。だめだ限界だ。心臓が爆発しそう。慎重に抜け出そうとするが、あまり大きい身動きを取ってしまうと起きかねない。これでは蛇の生殺しだ。しかしなす術もない。アレルヤは彼のおかげで居間の明かりを消すことさえできないまま、そのまま朝を迎える事になったのだった。






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