アレルヤの借家は銭湯からおよそ20分のところにある。普通の一軒家で、一家族が住んでも窮屈にならないくらいの大きさだ。ここです、とアレルヤが指で示すと、ニールは「ここで一人暮らしかよ。めちゃくちゃ快適じゃねえか」と呟く。確かに広いとは思うが、もうすっかり慣れてしまったのでなんとも思わない。鍵を開けてから先に入って明かりを点けた。床の木の板がてらてら光る。
「うわ、しかもすげーきれい。もしかして毎日掃除とかしてるのか?」
「ただ物が少ないだけですよ。居間で待っててください、何か少しおつまみでも作ってきます」
「おう、じゃあ頼む。任せて悪いな」
「料理は好きですから」
ニールが居間に入っていくのを見てから、家のはんてんとエプロンを着て台所に立った。帰り道は長袖の厚手のセーターを着ていてもすごく寒かったから、今度は上着をもう一枚着て行こう。ひとりごちながら、食材が入っている白い機械を開けた。最近の電子機器でこの「冷蔵庫」というものが発明され、料理好きなアレルヤは即買いした。普及率はどんどん高くなってはいるが、これはまだ高価なうちに買ったものだ。食材が長く保存できるなんて魅力的すぎる。冷蔵庫をごそごそと見て、ニラときゅうり、使いかけのみょうがに玉葱、それと豚肉少々を取り出した。二品作って、あっさりと濃いめの味付けにしてみよう。まずはきゅうりを透明のビニールに入れて、麺棒で軽くたたく。きゅうりをほどよくしょげさせてから、みょうがと玉ねぎを包丁で薄くスライスする。そしてボウルにきゅうりと氷水を入れて冷やしておく。その間、軽量カップにポン酢を大さじ1杯、ごま油を小さじ1杯、ごまと塩胡椒、おろしにんにくを少々入れてドレッシングを作る。水気をよくとって、冷えたきゅうりを食べやすいように切ってからカップの中身を全部ボウルに入れて掻き混ぜ、器に盛り付けたら出来上がりだ。次は豚肉を小さく角切りにしてニラを小さめに切る。ボウルに切ったものと卵、味噌、塩を入れて混ぜ、ふるった薄力粉を加えてまぜる。それをお玉で少しずつ掬い、油で揚げたら完成。アレルヤはこの二品をものの15分で完成させ、まだ温かいうちにニールの待つ居間へと持って行った。





「お待たせしました、口に合うと嬉しいです。あ、おつまみ買ってたんですね」
「つっても柿の種しかねえけど。それにしてもすげえなあアレルヤは。何でも出来るんだもんな。飯に掃除に仕事…完璧だ、いい嫁さんになれるぞ」
アレルヤが持ってきたグラスにビールを注ぎながら、ニールがほとほと感心したように言う。アレルヤはそれを見ながら、お嫁さんかあ…僕には縁が無いけど。ニールのお嫁さんにならいつだってなるのに…と考える自分に気づいた。駄目だ、いつの間にか妄想してしまっている。
「じゃあ乾杯っ」
「乾杯」
二人同時にグラスを鳴らしてビールを呑む。久しぶりの酒の味わいが身に染みて、アレルヤはほっと息をついた。ニールは早速アレルヤが作った料理に手をつけ、豚肉とニラの揚げ物を口にすると、目を輝かせてすごく美味しいと褒めてくれた。それにつられて食べてみると、自分でいうのも変だけどすごく美味しいと思った。おつまみにぴったりだ。
「あーやっぱ夜の酒はいいな、つまみも美味しいしアレルヤと飲めるし、今日は良い一日ってやつかな」
「またそんなこと。でも僕も嬉しいですよ、お酒を誘ってもらえて。本当に久しぶりだから味も忘れてしまってたし」
「久しぶりって、最後はいつなんだ?」
「んーと、あれは八月だったと思います。お祭りの日にお客さんが銭湯に持ってきてくれたんです。店内での飲酒はだめだ、って言ったのに完全に酔っ払ってて通じなくて…無理やり休憩所で飲まされて散々だったのをよく覚えてますよ」
「ええっ八月かよ。もう三ヶ月経ってんじゃねえか。よく我慢できるなあ、俺なんか最低でも週一飲まなきゃやってらんねえくらいなのに」
口を尖らせてぶうぶう唸るのをみて、ニールさんでもストレスが溜まるんだなあと思った。いつも笑ってるからそういうものとは無縁の人なんだと思ってたけど、あれはいつも本心から出るものじゃないんだ。それを聞いてなぜか少し安心した。なぜだろう。
「てことは、お仕事が大変なんですね。イアンさんにしぼられてるんですか?」
「そうなんだよ!この前なんかさあ…」
その後、二人はしばらくイアン絡みについての話で盛り上がった。普段は呑気そうに見えるイアンだが仕事と趣味のことになるといきなり人相が変わること、それに彼のちょっとした癖の話をしたりして、時々笑いながら話すのに夢中になった。共通の話題があるのももちろんだが、ニールは話をするのがとても上手いのだ。アレルヤがぽろっと零した話なんかを自然に拾って話題に乗せる。そこから派生した話を絶妙なタイミングで持ち出したりつっこんだり。話せば話すだけ盛り上がるものだから、二人は時間を忘れて話し込んだ。







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