最後のお客さんが帰っていったのは、もう12時になるかならないか位だった。しかしこれでもまだ早い方なので、アレルヤはいそいそと番台を降りると休憩所で待つニールの所へ向かった。休憩所の戸を開け、顔だけをひょっこり出す。
「今さっきお客さんが帰られたのでお風呂に入ってきますね」
アレルヤがそう言うと、ニールは視線を本の頁から顔を上げてアレルヤに移した。ずっと読書していたようだ。
「おう。じゃあ何か手伝えることは?」
「そうですね…じゃあ暖簾を下ろしておいてもらってもいいですか?玄関の中に立て掛けてもらうだけで大丈夫です。あとはごみがあったら拾っておいてもらえると助かります。脱衣所のごみ箱にでも捨てておいてください」
「何だよそれだけか?まだ他にも色々あるんだろ?」
ニールが不服そうに言ったが、アレルヤは苦笑いして首を振った。
「ニールさんに何でもかんでも押し付けるわけにはいきませんから。じゃあ、すぐ上がるので…」
軽く礼をしてから、タオルを二枚ほど手にとって脱衣所に行く。そこはもう人が居なくなったとはいえ、まだ若干熱気を保っていた。アレルヤは素早く衣服を脱いで、浴場に入る。二、三回かかり湯を浴び、大急ぎで体を洗い、浴槽に浸かると同時に大きなため息をついた。とても気持ちいい。この、ため息にのって一日溜まった疲労が全て体から抜けていくような感覚がアレルヤは好きだった。ぴちゃん、とどこかで雫が落ちる音がして、浴場中にこだます。たった一人でこの大きな空間を支配している気になって、アレルヤは言いようもない充足感で満たされた。最近銭湯の仕事がとても楽しい。仕事自体は変わらないが、きっと彼と少しずつ会話できるようになったのが大きな原因だ。今日もまた親睦を深められたらいいなあ。ニールさんはお酒がすきなのだろうか。休憩所を覗いた時に、ニールさんの傍にあった買物袋がかなりふくらんでいた。友達と飲むつもりだったとは言っていたが、それにしても相当な量だった。僕が付き合えるかなあ。そんなことを思いつつ4、5分浸かって、長く彼を待たせないようにすぐに浴槽から出た。




水分が飛ぶように浴場の窓を全開にして、よく体を拭いてから脱衣所に上がると、なんとそこにはニールがいた。一体どうやって見つけたのか、箒とちり取りを持ってせっせと掃除していたのだ。もうほとんど終わったらしく、そこらじゅうがぴかぴかになっている。
「ニールさん!そんなことしてもらわなくてもいいですよ!」
「ん?迷惑だったか?」
「いえ全然!でも申し訳なさすぎます。こんなに綺麗に掃除してくれるなんて…」
「いいじゃねえか綺麗になったんなら。早くアレルヤん家に行きたいからさ。……っていうか」
そこまで言うと、ニールはおもむろにアレルヤに近付き驚きの声を上げた。
「お前いい体してるなあ。なんだそりゃ。もしかして鍛えてんのか?」
そう言われてから気付いた。真っ裸だ。人より少し浅黒い自分の体を見て、うわあっと小さく叫んでアレルヤは急いで服を着た。間抜けな状態を曝してしまった。恥ずかしくて死にそうだ。脱衣所で裸なのは当たり前だが、ニールの前になると何故かとても恥ずかしいことのように思えた。
「すすすすいません裸のままでっ」
「いやいや、それにしても逞しかったぜ。いっつも何かもこもこしてるやつ着てるだろ?あのイメージしか無かった」
「小学生から大学生までずっと運動してたからじゃないかな。鍛えるのも嫌いじゃなかったし……」
「へええ、なんか意外だな」
全部着替えてようやく落ち着くと、ニールから道具を受けとって用具入れに直し、電気を消して脱衣所を出た。ニールは休憩所から荷物を取ってきて、アレルヤが戸締まりをする間玄関で待っていた。





「お待たせしました」
浴場の窓以外の戸締まりを全部確認して、アレルヤは玄関の鍵を掛けると真っ黒な寒空を見上げた。星が冷気にとがれたようにきらきらと輝いている。まだ濡れた髪の毛が周りの温度に馴染んで瞬く間に冷たくなってしまった。
「さみいなー。でもこういう日に飲む酒は美味いんだよ。楽しみだ」
カラカラと袋を鳴らしながらニールが嬉しそうな顔をアレルヤに向けた。アレルヤもつられて微笑む。
「そうですね。じゃあ僕が家で何かおつまみでも作りましょうか。何が好きですか?好きな食材とかでもいいですけど」
「おっアレルヤ料理できるのか。んーそーだな…好きなのはじゃがバターかな」
「それただじゃがいもを茹でるだけじゃないですか」
アレルヤがくすくす笑って歩きだした。ニールはその隣を歩き、所々にある街灯にぽつぽつ照らされながら、二人はアレルヤの家に向かっていった。








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