ニールが風呂から帰って来るときと、アレルヤが女性浴場の見回りから戻ってきたときが丁度一緒だった。暖簾をくぐってきたニールは、番台に上ったアレルヤに五十円玉を出して渡す。どれですかと聞くと、牛乳で、とタオルで頭をがしがしと拭きながら彼が答えた。ガラスで中が見える小さな冷蔵庫から白い瓶を一本と、お釣りの二十円を手渡す。
「いっつもこれなんですね。コーヒー牛乳もフルーツ牛乳もあるのに」
「ちょっと俺には甘すぎるんだよ。ただの珈琲だったら飲めるんだけどな」
紙で作られた瓶のふたを取って、中身を一気に飲み干した。飲むたびに一定の感覚で動く喉を見る。いい飲みっぷりだ。
ぷは、と口からようやく瓶を離して乱暴に口元を拭ったニールが、アレルヤの喉仏への視線に気付いて眉を上げた。
「どうかしたのか?」
「いや、いい飲み方するなあって思って。様になってますよ、その感じ」
「まあそれくらいここに慣れたって事かな。アレルヤは入らないのか、風呂」
「僕は一番最後にゆっくり入りますから」
「番台の特権、てやつかー」
ニールは中身全部をぐい飲みして空っぽになってしまった瓶をアレルヤに返し、番台の近くにある壁に背中から寄り掛かった。
「まあそう言われたらそうかな」
アレルヤは横にいるニールをちらりと見た。まだ帰らないのかな。自分としては彼と話せてとても嬉しいけど、明日も朝早くから郵便配達があるはずで、こんな所で油を売るよりかは家に帰ったほうがいいと思うんだけど…。






「……アレルヤは友達とかいるのか?」
しばらくの静寂の後、急に尋ねられた。かなり急だったし、質問が質問だったので少し戸惑ってしまった。
「え…いるにはいますけど。それが何か…」
まさか、根暗なイメージでも持たれたのだろうか。確かにニールさんみたいに人懐っこい性格ではないとは言え、だからといって暗い訳ではないと思っていたんだけど。
「そっかーやっぱりいたかー…。いやさ、銭湯ってよっぽどな用事が無い限り休めないだろ?だから友達と遊びに行くのもかなり難しいんじゃないかなあって思ってさ。どうなの、そこんとこ」
なんだそういうことか、とアレルヤは心の中で胸を撫で下ろした。よかった。
「んー…そうですね…遊びにいくのはほとんど無理です。でも銭湯に皆来てくれるし、時々皆と会話するのが僕の楽しみの一つですから。だから遊べなくても意外と大丈夫なんですよ。極端なアウトドア派って訳でもないしね」
それは半分本当で半分嘘だった。確かに皆と話せるのは楽しいし、その環境にも満足している。だけどほんの少しだけ、例えば昼間なんかにいい天気なのを窓から見ると、こんな日に友達と外に出かけられたらどんなに楽しいだろうかと想像してしまう。でも番台はそんなことは言ってられないし、弱音を吐いてるみたいで嫌だから言わない。アレルヤは番台を任された時にそう決めたのだ。
「……そうか」
ニールは何か言いたそうにしたが、結局何もいわずに高い天井を見上げた。しまった、少し空気が重たい。無理をしていると思われたみたいだ、そこまで辛いわけでもないのに。アレルヤは慌てて否定した。
「いや本当に大丈夫ですよ!体調が悪いときとかは流石に知り合いに代わりを頼むし、この仕事が大好きですから!」
あわてふためくアレルヤを見て、一体なにがおかしいのか、ははっ、とニールは笑い声をあげた。ああ僕はまた変なことをしたのか。もう自分が嫌になる。
「別にかわいそうとか思ってねえよ。大変そうだなーとちょっと思っただけ。じゃあさ、物は相談なんだが、アレルヤ」
ニールは寄り掛かっていた壁から離れて、番台に腕をのせてきた。急に近まった距離にアレルヤはどきっとした。きた。それで今日はなかなか帰らなかったのか。とりあえずすごく近い。元々番台がアレルヤ一人分のスペースしかないから避けられない。声が上擦った。
「な、なんでしょうかっ……」
ぐぐ、と身体をアレルヤの方に向けてくるので、少しだけ体をのけ反らせた。駄目だ、いきなりこんなに近づかれても対応に困る。耳を近付けたら身を乗り出すのをやめてくれるだろうか。
「もしかしたら駄目かもしれないし、全然それでも構わないんだけどさ」
「え、ええ、なんですか?」




「今日、アレルヤん家に泊まっていい?」






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