家に風呂がないというニールは、あの晩から毎日通うようになった。彼は夜の11時過ぎに来る。最初は10時頃に来ていたのだが、さすがに毎日女性客に絡まれるのに辟易してしまったらしい。流石に11時にもなれば、女性陣は明日の夫や息子の世話のために家に帰らなければならないので、彼はそこをわざと狙って来ているようだった。アレルヤとしてもそれは嬉しかった。ある時間帯に集団でまとまって来られると、一人ではなかなか捌ききれないのだ。それに女性陣が居ないほうが、彼の姿がよりよく見える…し………。
ああもう何を考えてるんだ!アレルヤは番台の上で頭を掻きむしった。まさかニールさんだって自分のことを変な目で見てる人がいるだなんて思わないだろう。こんなダサくて似合わないはんてんなんかを着た、しかも可愛気もない男に。彼女はいるのだろうか。あれだけの格好よさと優しくて人懐っこい性格を持ち合わせているなら間違いなくいると思うんだけど。







今日も11時を過ぎて人がまばらになりはじめた頃にニールが来た。さすがに二週間も通いつづけると慣れたもので、帰ろうとしているお客なんかに挨拶しながら番台に寄ってアレルヤに声をかける。
「ようアレルヤ。今日もお疲れさん」
銭湯にきて二日目に、ニールはアレルヤのことを呼び捨てにしていいか、と聞いてきた。堅苦しくさん付けするのは性に合わないとの事だった。アレルヤは快諾したし、できることなら自分だってニールを呼び捨てにしてみたかった。でもどうしてもできない。これもまた性というやつなのだろうか。皮肉なものだ。
「ニールさんもお疲れさまです。今日この通りを配達してましたよね、見かけましたよ。寒くないんですか?あの格好」
「ん?あの制服のことか。俺もさすがに配達の時は上に何か着たいんだけど、そうすると郵便局の紋章が見えなくなるから駄目だっておやっさんが言うんだ。自分は室内でぬくぬくしてるから分かんないんだよなあ、あの寒さが」
まったく困ったもんだ、とニールが苦笑いするのを見て、アレルヤも少し微笑んだ。
「そうだったんですか。前に噂で聞きましたよ。ニールさんがあんまり格好いいから、室内での仕事からすぐに配達に回された、って」
「そんな大層なもんじゃねえって。なんか最近窓口に沢山客が来るようになったらしいんだ。前まではこんなことは無かったって。しかも切手とか葉書を買うやつばっかりでさ、おやっさんがそれにいらいらして、八つ当たりに俺をこの寒い中配達に放り出したってわけ。やっぱ新人にはとばっちりがすぐ来るってことを身をもって知らされたよ」
なんだ、経緯は違えど原因はやっぱりニールさんなんじゃないか。しかもさりげなく、そして大胆に自分の自慢をしたということに彼は気付いていない。アレルヤはまたそれにくすくす笑いながら湯代を受け取り、木札を渡した。ニールは「何が面白いんだか」と変な顔をして暖簾をくぐっていった。
アレルヤは微笑んだ顔のまま、着替えをしはじめたニールをそれとなく眺める。恥ずかしくて脱衣所にいる彼を見れなかったのは最初のほうだけで、今では好奇心と欲望がアレルヤの心をほとんど支配していた。最近気付いたことがある。彼は着痩せするタイプの人間だということだ。一見細身にみえた彼だが、衣服を脱ぐと逞しい筋肉を有しているのが分かった。普段から鍛えているのかどうかは分からないが、何かをしないとあそこまで綺麗に筋肉はつかない。だからといって隆々と言う訳ではなく、肩幅もほどよく広くて、余計な贅肉を排除した腹筋と背中のラインが見る者の視線をより一層引き付ける。その身体がお湯で濡れていたのを浴場見回りで見た時は鼻血が出るかと思った。イアンが以前脱衣所で、「あいつの身体を見たら男だって見惚れるってもんだ。若い身体ってのはうらやましいねえ」と笑って言っていたのを覚えている。それを聞いた周りの男性も「いや本当に」と頷いていたし、ほとんど一目惚れだったアレルヤには痛いほどに思い知らされる言葉だった。






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