それからはおちおち落ち着いて居られなかった。何しろアレルヤには風呂上がりの彼があまりにも色っぽく、目に入るたんびにどきどきしっぱなしだったし、嬉しいのか悲しいのか、彼がなかなか帰らないのだ。風呂から上がったあと、彼はイアンに付いてこの広い銭湯の内部をうろうろと見て回っていた。しかもそれに一々女性客が付いていく。そしてその集団の中心にいる彼に、アレルヤもまた釘付けだった。あの柔らかそうな髪の毛がしっとりと濡れて纏まっているせいで、綺麗なうなじが見え、そこを時々水滴が落ちる様なんかをついつい見てしまう。銭湯のお湯は熱めなので、彼の頬はわずかに上気して色づいていた。挙げ句には、見回りやゴミ拾いのために下りた時、擦れ違った彼から仄かに甘くて良い匂いがした気がするくらいだ(皆と同じ石鹸を使っているはずなのに!)。




彼らが風呂から上がって一時間もしたころ、イアンがそろそろ帰ろうかと彼に言い出した。彼も満足したようで頷いたが、周りの女性客は、えーっと残念そうな声をあげる。彼は「また来ますから」と彼女らに言って、玄関に近寄った。また来てくれるのか、よかった。実は、あまりにも女性客に騒がれて銭湯が嫌になったのではないかと勝手に心配していたのだ。できればこれから毎日来てほしいが、まず第一に、ここに住んでいるのかどうかも分からない。どうしよう。
そうだ、名前。はっとアレルヤは顔を上げた。聞き出すなら初めて会った時が一番自然なはずだ。今にでも聞きたい、でも彼らに近づく理由も度胸もない、なにか良い案はないものか。
その時ちょうど、回覧板が鞄に入れっぱなしなのを思い出した。次に回す人は確かイアンさん。これだ。
「イアンさん!」
アレルヤは出ようとした彼に声をかけた。二人がこちらを振り向く。
「お、アレルヤ。何か用か?」
「回覧板、次はイアンさんだったので」
そう言って、アレルヤは回覧板をイアンに渡した。彼は、イアンに渡したそれをみとめるとアレルヤに尋ねた。
「これは町の人達皆で回してるものなんですか?」
耳の奥に響く。やっぱり良い声だ。
「そうです、町の行事とか……あとはお知らせがあったら隣組長さんから配られるので、全部見てから自分の次に書かれている名前の人に回すんです」
「へぇ、こんなのがあるのか。自分が回す次の人は隣の家ってことですか」
意外にも関心があるらしい彼は、アレルヤにさらに質問した。回覧板がそんなに珍しいのだろうか。しかし、とにもかくにも自分を変な人だとは思って無いようだし、こうやって話せるのが嬉しくて、アレルヤの緊張が少しだけほぐれた。まだ少し恥ずかしいが。
「いえ、そういう訳でも無いんです。ちょっとすいませんイアンさん。ここに住民一覧表があるでしょう、この順に………あっ」
一覧表を彼に見せようとしてページをめくった。そこに見えたのは、朝も思い出した見知らぬ名前。今日初めて会った、目の前の見知らぬ人。え、もしかしてこの人が。アレルヤは、ようやくこの妙な共通点を頭の中で繋ぎ合わせた。
「…あの、もしかして、あなたが最近越してこられた……」
その言葉を聞くと、彼は面白そうにアレルヤを見て、誰もが見とれてしまいそうな顔でにっこりと笑った。





「先日この町にに引っ越してきた、ニール・ディランディです。これからお世話になると思いますが、なにとぞよろしく、アレルヤさん」






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