銭湯を開けたのは午後3時。一番大変な浴場の掃除も終わって一段落したので、アレルヤは銭湯用に置いている絣のはんてんを着て番台にちょこんと座った。銭湯内を見渡すために高めに作られていて、ここに座るといかにも自分がここの主だという感じがする。アレルヤは水筒のお茶を飲みながら店の帳簿を取り出した。そういえばコーヒー牛乳がもう少しでなくなりそうだったから買い足さないといけないな、と整った文字でメモし、それに貸し出しタオルも随分古ぼけてきたから半分くらい新調しようかな…あ、でも先月は予算オーバーしてたからむやみに買えない。どうしよう、と鉛筆を手で転がしながら少し眉をひそめた。ここの銭湯は、町の人に気軽に来てもらうために湯代をかなり安めに設定している。毎月けっこうギリギリの状態で運営しているので、はみ出した金額をフォローするのは意外と大変なのだ。申し訳ないけど、タオルはまた今度にしよう。
そう思った時、ガラガラと入口が開く音がして、今日の一番客が顔を見せた。ピンク色のカーディガンが見えただけで誰なのかは明らかだ。こんなにハイカラな色の服を持っているのは一人しかいない。
「ティエリアさん、こんにちは」
アレルヤはきちんと靴を並べて番台に近づいてきた青年に微笑んで挨拶した。しかし彼はにこりと笑い返すこともなく、かわりにいつものように「こんにちは」と無表情な声色で返事をすると、40円ちょうどをアレルヤに渡した。
「毎度です。入れたてだから火傷に気をつけてくださいね」
そう言ってロッカーの鍵の役割を果たす木札を渡すと、彼は「そのための一番乗りですから」と素っ気なく言い、番台を中心に分かれて左側のほうにある「男湯」と書かれた暖簾を颯爽とくぐっていった。くぐっていったといっても、番台にいるアレルヤには男の脱衣所もまる見えなのだが。だけどそれを楽しみにしている自分もどこかにいる。我慢できなくて、ティエリアが服を脱いでいくのをちらりと目の端にとらえた。彼の肉体には最小限の筋肉と脂肪しかなく、細身の体型をいつも保っている。しかし肌の色はとても男のそれとは思えないくらい滑らかに見えるし(怪我をしたこともなさそう)、顔を見ただけでは女と見紛えても決して不思議ではないくらいに端正な容貌を持っている。彼の紫色の髪の毛の隙間から見えるうなじ。アレルヤは小さく息を飲んだ。自分の好みのタイプという訳ではないが、いつ見ても綺麗だと思う。触ってみたいがそれはさすがにできなくて、妄想でその場をやり過ごした。あの均整のとれた体で攻められたら一体どんな感じなんだろう。湯代を手渡ししてくるあの細い指で体中を弄られたら。やっぱり最中も喋ったりしないのかな…逆に、もしかしたら冷たい言葉で責めてくるのかも。細い躯と自分の少し逞しい躯が寄り添う様をふわっと想像しているうちに、いつの間にか書き込むはずの鉛筆も止まって帳簿の上で転がっていた。




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