「……で、なんなんだこれは」
なんとかアレルヤの引きとめによって居間に引き返してきた弟は、いかにも仕方なさそうに片膝を立ててニールの目の前に座っていた。立てている膝に腕を乗せ、その手には煙草が一本握られている。アレルヤは来客の分のお茶をちゃぶ台におくと、ゆっくりと俺の隣に座った。気まずい空気をなんとかしようと、健気な恋人は努めて明るい声を出す。
「い、一応紹介をしておこうと思って」
「………」
「折角最近来てくれるんだし、今のうちに、って……」
だがハレルヤはにこりともせず、細い煙を上げる煙草をゆっくりと吸い込んで、何のお構いもなしに一気に吐いた。ぶわりと広がる紫煙が目の前に現れて、ニールは思わず軽く咳き込む。謝りもしないどころか、むしろわざとやっているようだ。嫌がらせがあからさまな上に、こちらをじろじろと喧嘩を売るように睨む。どうやって声をかければいいのか全然分からないが、話を進めない限りずっとこのままだ。なるようになれ、と俺は思い切って核心の部分を切り出した。
「実は、話が………」
「………」
「この前、アレルヤから話を聞いたんですが…銭湯の件で」
なるべく下手に出たほうが賢明だろうと、なるべく優しい声で話しかける。が、ハレルヤはそれを遮るようにぼそりと呟いた。
「てめえがその話をする義理はねえ」
「な…」
話を聞こうともしない。さすが、アレルヤの話とほとんど違わない横暴ぶりだ。
「どうせアレルヤにあのしけた店を潰すのを止めたいから手伝えだとか、あらかたそういうことを言われたんだろ」
なるほど、こちらの腹案はばればれというわけか。どうやらアレルヤが抵抗する手段を持ち込むことは予想がついていたらしく、煙草を咥えながらぶっきらぼうに言ったハレルヤは、荒々しくぼりぼりと首を掻いた。……それにしても、仕草に似合わず、いかにも高級そうな服に身を包んでいる。ちらりと見える腕時計も高級品だという事が一目でわかる。中年の貯金に余裕が出る時期にやっと買えるくらいの代物だ。まだ若いくせに、よくそんなものを付けられるな、と、俺は感心と共に違和感も覚えた。
「無駄だ。部外者が口を突っ込むことじゃねえって事くらい、大人なら分かんだろ」
「……分かってます。でも俺達は、」
「分かってねえっつってんだよ、そういうことを言ってる時点で。分かってるっつーのは黙って良い子にしてることを言うんだ」
アレルヤは何時にもましてはらはらしていた。どうも雲行きが良くない。ハレルヤが一方的に言い負かしながらも、少しずつ苛々としているのが分かる。しかし自分の恋人はそれを責めもせず、あくまでやんわりとした物言いで言葉を返した。
「でも俺は一応、あなたの兄の恋人なんです。その恋人が助けてほしいと言ってきたんだから……」
そこでまた、ハレルヤがニールをばっさりと切り捨てた。
「おい待て、勝手に話を進めるな」
じゅっ、と音を立てて鈍く光る灰皿に煙草を押し付け、そのままニールを見据える。今まで見たこともないくらいの強い眼光に、ニールは怯まざるを得なかった。
「まず第一に、俺はお前がアレルヤと付き合っている事実を認めねえ」
「………っ」
確かに、その通りだ。いかにもこれが普通であるかのように振る舞ってみてはいたが、やはり男と男が付き合うということを大歓迎する人間は、今の時代、ほとんど無いと言ってもいい。そこに関しては、本当に頭を下げるしかない。俺は僅かに俯いた。
「ハレルヤ……ぼく、」
そこで先程から落ち着かない様子のアレルヤが、何かを言いかけた。しかしそれも弟の無言の睨みで尻すぼみになる。俺は一つ大きく息を吐くと、ハレルヤをしっかりと見た。だが見られた本人は何も気にすることなく、早くも二本目の煙草を取り出しているところだった。真剣に取り合うつもりもないという態度をあくまでもとろうとしているのだろう。だがここを認めてもらわなければ、話が次の段階まで進まない。俺は正座すると、そっぽを向くハレルヤに言った。
「確かに、俺とアレルヤが付き合うということは、おかしいと思うかもしれません。男同士ということに抵抗があるということも承知の上です」
「…………はぁ?」
ここでハレルヤは初めてまともにこちらを向いた。
「でも、俺はふざけや遊びのつもりじゃありません。本気でアレルヤを大切にしたいと思っているんです、お願いし」
しかし、最後までその言葉を言いきることはできなかった。煙をふかす前に、ハレルヤが低い声で笑ったからだ。さっきまであんなに無関心だったのに、急にくつくつと喉を揺らすその様子に、俺は黙ることしか出来なかった。
「おいおいお兄さんよお、本当になんにもしらねえのか」
「え………?」
ニールはきょとんと呆ける。
「やっぱりな。アレルヤ、お前言ってないんだろ」
「ハレルヤ!!!」
先程からそわそわとして少しも落ち着かないアレルヤが、堪らないというように、今にも泣き出しそうな顔をしながら、訴えるように大声を出した。ハレルヤはますます意地の悪い笑みを浮かべると、しめたといった様子でニールの方に体を傾け、片膝をたてたままちゃぶ台に腕をついた。
「まあ哀れで間抜けなあんたには特別に教えてやろうじゃねえか」
僅かに身を乗り出した弟に、ニールはしっかりと身構えた。

――――しかし飛んできたのは拳でも唾でも怒号でもなく、予想だにしない衝撃的な言葉だった。






「最初にアレルヤの尻にちんぽぶち込んだのは、紛れも無ぇ弟だってことをな」








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