俺たちがアレルヤの自宅に着いた時には、まだその弟とやらは来ていないようだった。暗い家に明かりをつけ、とりあえず家に入れてもらい、それから弟が来るまで寒い部屋で二人でお茶をすする。今日はいつもより味が渋い。茶の葉でも変えたのだろうか。俺は苦いお茶は苦手だ。どうせ苦いならなら珈琲のほうがいい。この前アレルヤに飲ませてもらった抹茶っていう飲み物も、砂糖があれば飲めるんだがな。………しかし、それはまあさておき、とにかく不思議なのが、この感覚。アレルヤの家の方が、自分の家よりもずっと居心地がいい。何故かしっくりくる。どれもこれも少しずつ古ぼけた茶色い家具ではあるが、なんともいい雰囲気だ。まあとてもアレルヤ一人では使いこなせないだろうとは思うけどな。両親を早く亡くしたアレルヤにとっては、ここの空間は趣が強すぎるような気がする。
「あの人はいっつも気分屋なところがあるから」
アレルヤは笑う。
「何時に来る、って約束した時間丁度に来ること自体が稀だからね」
増してや遅刻どころか来なかったりすることもしばしばあるのだそうだ。聞いただけでも、つくづくアレルヤとは程遠い。俺は居間で胡坐をかきながら、アレルヤが昔の話や弟との思い出を話してくれるのをじっと聞いていた。勿論俺は話自体にもかなり興味はあったが、それよりも、アレルヤの顔色の方が気になって仕方なかった。いつもと違いすぎる。はからずとも緊張しているのがこちらにも伝わってくる。
「どうしたんだよアレルヤ。本当に気分悪くないか?俺は別に今日じゃなくても……」
「ううん大丈夫。いつかはこうなるんだから」
お茶をすするアレルヤ。さっきまで熱いくらいの温度だったお茶も、この空気に負けて既に冷めはじめている。
「それに、話すって言ってくれて本当に嬉しかったんだ」
「そんなにか」
「そう、僕のことにちゃんと向き合ってくれてるんだなって感じたから。優しいよ、ニールは」
さすがにそこまで言われると照れる。嫌いじゃないけど、好きなやつに褒められるとどうにも弱い。ぽりぽりと頬を掻きながら、俺は、まあな、とだけ答える。なんてこった。素直もここまでくるととんだ兵器だな。ほんと、誰かに殺されるとしたら間違いなくこの手段で殺してほしい。幸せ死、みたいな原因名。





――――と、その時、家の玄関の扉の方から、ガツン、と打撃音が聞こえてきた。アレルヤの癖っ毛が体にあわせて揺れる。だが多分弟ではないだろう。なぜならこの家には呼び鈴という素敵な文化的装置があるからだ。なにかが当たったに違いない。しかし、数秒後にまたガツンとなにか堅いものが当たるような音がした。
「アレルヤ?」
「うーん、多分、弟だと思う……」
アレルヤが困ったような笑みを浮かべた。
「………まじかよ」
お前の弟はどんな教育施されてたんだ。などという個人的な感想は言わないでおく。
「それじゃ、家が壊れる前に呼んでくるね」
そう言ってアレルヤは座布団から立ち上がり、廊下を歩いて行った。みしみしと所々木がきしむ音、鍵を回す音、そしてそれから後に、二人分の足音が聞こえてきた。うお、本当に来る。頭の中が一気にこんがらがった。そういえば自己紹介どうするんだったっけ、恋人って最初に言ってしまう作戦なんだったっけ?それとも最初の内は友人ということにしておいて、弟と心を通わせられるようになってから、「実は俺たち……」みたいな展開に持っていくんだったっけ?ああもういっそのこと嫁って言うんだったっけ!?頭を抱えてそんな事を考えつつぐしゃぐしゃとかき回していると、ふとあることに気づいた。足音が止んでいる。そして視界には他人の足。ニールは恐る恐る、ゆっくりとした動きで上を見あげた。


そこには部屋着を着たいつものアレルヤと、スーツにバッチリと体を収めているアレルヤ、二人が立っていた。………と思えるくらい、顔が似ていた。骨格は多分ほとんど同じなのだろう。不安そうに弟の後ろから様子を伺っているのがアレルヤ、そして俺を見下すように目を細めているのが、噂に聞く弟分。アレルヤとは反対に、左目が髪の毛で隠れている。瞳もかなり鮮やかな金色だ。珍しい。だがその一見綺麗に見える目で俺を見ると、眉根を寄せてあからさまに嫌そうな顔をした。
「おい、だれだこいつは」
思い切り俺を指でさしやがった。なんて失礼なやつだ、礼儀もくそもない。アレルヤは慌ててその手をぐいと引っ張る。
「人を差したらだめじゃないか!」
「知るか。だからこいつ誰だよ。不審者か?てめえ」
今度はてめえ呼ばわりだと。なんだなんだこいつは本当にアレルヤの弟でいいのか?一瞬俺も思わず切り返しをしてやろうかと思ったが、お互いがいがみ合っていては話しも関係も進まない。歩み寄らなければ。俺は何事も言われなかったかのように立ち上がり、お得意の営業微笑で応対した。これを嫌がる奴なんていない。俺の態度に信頼を置いたアレルヤは、弟を紹介する。
「これがぼくの弟だよ。ハレルヤって言うんだ。それでハレルヤ、こちらはニール」
「よ、よろしく」
「……………」
しかし、俺が差し出した手は空しく空中をさ迷っただけだった。ハレルヤは鋭い目で俺を睨みつけ、アレルヤの方を振り向いた。
「だから、誰、こいつ」
アレルヤはほんの少し気まずそうな顔をしながら、それでも答えた。
「……いま、お付き合いしてるひと」
その瞬間、ニールを見ていた細い切れ長の目がかっと見開き、それから嫌悪感をまるだしにするように悪態をついた。
「くそが」
それだけを吐き捨てるように呟くと、いきなりくるりと体の向きを変え、玄関の方に歩きだした。アレルヤは呆けたが、やっとハレルヤの行動を把握したらしく、慌てて追い掛けていった。ニールはその間意味もなく差し延べていた右手を引き攣らせたまま、呆然とするしかなかった。



……これは、また一悶着起きそうだ。








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