最近は少しだけ客足が減ったかもしれない。子供の頃に此処へ通っていた世代が大人になって自立した今では、一家に一台の風呂場を持つのが段々と普通になりつつあったため、その世代の客足が若干減ってしまったことは残念ながら否めない。それだけここが昔ながらの場所だということなんだろう。しかし減ったとは言ってもそれは限定の話であって、実際にはここへ好んでやって来る若者もまだ沢山いるし、昔からこの店だけを嗜む年配のご夫婦や工事現場のおじさん、そして一人暮らしのおばさんおじさん集団などは相も変わらず足を運んできてくれている。年配者は毎日夕方頃(大体夕日が落ちるか落ちないか、くらいの時)に各々が大声で喋りながら落ち合ってこちらに来るのが普通で、若者は少しその時間帯に遅れて来るのが普通。この店はそれぞれの時間帯を包み込むような形でいつも少し早く開き、遅くまで明かりを燈している。



この店はいたって典型的な造りだ。東京を少し離れた下町の古臭い家々に挟まれていて、一際大きい煙突が立った屋敷がその中にぼこっと割り込んだ感じである。古めかしい木造建築で、今では瓦が随分色あせいて、天井は驚くほど高い。ほぼ毎日営業していて、湯代は安く、牛乳はいつでも十分に完備。お客がいる間は脱衣所にあるいくつもの扇風機がブンブンと唸り声をあげっぱなしで、浴場に入ると熱めのお湯からもうもうと上がる湯気で目がかすむ。そしてそれに慣れると、浴場の一番奥にある大きい壁に見事な青い富士山、そして麓にはこれでもかというくらいに濃い紫色の菖蒲が一面に描かれているのが見えるのだ。お客はこれを見上げながら大きな湯舟に浸かる、という具合だ。あまりにも迫力があるので、初めて来た客は必ず帰り際に「あすこの壁絵は本当にきれいだねえ」と番台にいる番台に話し掛け、番台もそれに応えるように微笑む。そんな場所。



そう、ここは日本に数多くある銭湯という民衆のための一端の癒し処。
そして現在アレルヤは第六代番台であった義理の母のあとをついで、毎日一生懸命仕事に励んでいた。






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テーマ「人外ファンタジー」
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