僕はあなたがくれた温かさをなくしたくない。僕はあなたがくれた微笑みを絶やしたくない。僕はあなたがくれた愛を潰えさせたくない。だから僕は今日もこうやって、寝ないであなたの帰りをまつんだ。だって、僕はあなたのことが大好きだから。





「それにしても遅いなあ…」
声に出して呟いてみる。その声は、一人にはすこし広すぎる洋風のリビングに響いたが、当然応えるものは誰もいない。庭付き一戸建てという好条件の下、昨年めでたく彼と住居を共にすることができたアレルヤは、今日も今日とて一人でぽつんとリビングのソファに座って彼の帰りを待っていた。今日とて、と言ってはみても、今日は特に、と言ったほうがいいのかもしれない。いつもよりもとっても遅いのだ。アレルヤはソファの背もたれの上辺に頭をころんと傾けて、何とはなしにつけてみたテレビの画面をじっと見ていた。鼻の上にかかった髪の毛がくすぐったくて手で払ったら、目の端にちらりと掛け時計が映り込んだ。もう十時じゃないか…何をしてるんだろう、残業なのかな。夜の家族団欒のために構成された馬鹿みたいに明るいバラエティ番組が、アレルヤの気も知らない大きな笑い声を上げて部屋を五月蠅くした。ちょっと寂しくなって、ソファの上にあるマルチーズ柄のクッションをきゅ、と抱きしめる。より一層不細工になってかわいい。しかしいつも心を和ませてくれる手作りのクッションも、今夜はあまり役には立たなかった。ロックオンはいつも、帰宅が遅くなりそうなときは前もって必ずアレルヤに連絡している。それは電話であったり、メールであったり、朝方の大きなベットの上でぐずぐずに溶けた時だったりするのだけれど、今日は特にそんなことは伝えられていない。
「うーん…」
何度あけたかわからない携帯電話を意味もなく開け閉めする。着信履歴を伝えるランプは大人しく消えている。こういう時に限って、期待させるような友達からの着信やメールさえも届いては来ないのだ。今日もいつも通り八時ころには帰ってくると思い込んでいたものだから、とっくの前に晩御飯を作り終えてしまっていた。せっかくほかほかのじゃがいもシチューを作ってみたんだけど、たぶんもうすっかり温くなってしまっているだろうな。仕方ないからまた温め直さなきゃ。ロックオンが一度夜中遅くに帰ってきたとき、ごはんは出来たてが美味しいから連絡無しで寄り道なんてしちゃだめだよと言ってからは、彼は寄り道をすることなく家に帰ってきてくれるようになった。だから寄り道じゃないとは思うんだけど、それにしても、それにしても、遅いなあ。アレルヤはすんと鼻を鳴らして、これ以上寂しくならないようにと笑えるはずの番組に目を寄せる。どうしちゃたんだろう、いつもより二時間遅いだけで別に真夜中というわけではないのに、なんだかとっても不安になる。一緒の家に住んでいなか ったときはこんな感じじゃ無かったんだけど。画面の向こうのボーイッシュな女性芸人がおどけた声で「なんでやねん!彼女なんかいいひんわ!」と叫んだ。スタジオがどっと沸く。あんまり面白くないかも。部屋に戻って本でも読もうかな、そんなことを思いながら背もたれから身を起こして、テレビの電源を落とそうとリモコンを探した。
(彼女なんかいいひんわ!)
はた、と手が止まる。彼女なんかいいひんわ。嫌味なほどにこの声が頭で回った。いや、まさか、そんなことが起きるわけがないじゃないか。浮かんだネガティブな発想を打ち消すかのように頭をぶんぶんと横に振る。ロックオンに限って、彼女なんて作るわけがないじゃないか。彼は優しいし、嘘はつかないし、 いつだって僕に良くしてくれるし、大好きっていっぱいいってくれるし、とってもかっこいいし………かっこいい、し?
「も、もう!」
自分を慰めるつもりが一層不安に拍車をかける形になってしまった。かっこいいからって簡単に浮気をするほどロックオンは馬鹿じゃない。わかってるよ、わかってるってば。だけど…。もやもやもやもや、次々と出てくる想像力豊かなネガティブアイディア。こういうことだけは何故か頭が回ってしまう。も、もしかしたら会社の同僚の人たちと一緒に飲み会に行ってたりして、いっぱい飲んじゃって、その場のノリで女の人と意気投合しちゃって、一緒に飲み直したりとかしちゃったりして、それで、それで………。考え出したらきりがなくなってしまいそうになり、アレルヤはテレビを切ってソファに体を横たえると、クッションに顔をうずめてぎゅっと無理矢理目を閉じた。早く、ねえ早く帰ってきてよ、ロックオン!







「ただいまあ」
十一時を回ったころ、ロックオンはようやく帰宅した。すっかりくたびれてしまった。ネクタイを緩めながら廊下を歩く。今日は、いつも玄関のドアを聞きつけてすぐにやってくるアレルヤの足音がしない。早いな、もう寝ちまったのか。しかし寝室に行ってもアレルヤは居なかった。どこにいったんだろう、こんな夜に出かける訳も無いしな。荷物を自室の机の上に放り投げ、シャツをの釦を片手で外しながらリビングに入る。するとかすかに食欲をそそる匂いがして、ん?とロックオンは軽く首をかしげた。たぶんこの匂いはシチューだろう。するとやはり、キッチンには大きなお鍋がのそりと置いてあって、中にはたっぷりのじゃがいもとほうれん草、ニンジンが入ったクリームシチューが入っていた。しかしどうして作ったのだろう。大好物が山盛り入ったそれを軽くお玉で味見しつつ(直接口をつけてしまったのはアレルヤには内緒だ)、ダイニングキッチンの向こうにあるソファに目を向けた。
「あれ?」
オレンジ色の丸い塊がぽっこりとのぞき見える。洗濯物か?珍しいな、アレルヤが置きっぱなしにしておくなんて。そう思いながらゆっくり近づく。しかしそれは縮こまってすやすやと眠っているアレルヤだった。
「おお!?」
思わず声を上げてしまった。オレンジ色はこいつのエプロンの色だったのか。というかなんでこんなとこに寝てるんだ、いくら春も終わりごろだからってまだ気温が十分に上がったわけでもない。風邪をひいてしまうかもしれない。しかし無理やり起こすのもなあ…。どうしたもんかな、とロックオンは頭をかきながら座り込み、すやすやと眠るアレルヤの寝顔をしばらくぼうっと見つめた。長い睫毛が伏せられている。可愛いな。眉がちょっとだけ下がっているところも可愛い。すぴ、と時々文字通りに鳴る鼻も、ちょっとだけ開いたふにふにと柔らかそうな唇も、全部可愛い。ああ何て可愛いんだろう。そしてこの最高の寝顔を見れるのは俺だけだ。そう思うと、心の中の独占欲がのどを鳴らして気持ちよさそうに沈んでいった。知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。なんか、新婚生活って感じがする、これ。逸る気持ちをどうしても我慢できなくなって、ロックオンはアレルヤの顔に思いっきり自分の顔を擦り付けた。柔らかくて若々しい肌が直接伝わってくる。
「…ん、ふ、ふえ」
ぐりぐりと悪戯(といってもロックオンにとっては至福のひと時だ)をお見舞いしてやると、変な声を出して、アレルヤがようやく意識を浮上させた。とろんとした瞳を手の甲で擦りながらこちらをぼんやり見た。
「駄目だろお、こんなとこで寝たら」
覆いかさぶって、ちゅ、と頬にキスまでしてやる。どうだ、参ったか。
「……ロックオン、かえってきたの?」
「ん、ただいま」
アレルヤはむくりと起きあがって、寝ぼけまこのままロックオンを見た。ロックオンはにっこりと笑って隣に座った。ロックオンの甘くていい匂いがする。あ、目の下にちょっと隈が出来てる、と働かない頭で思いながら、そうだ、僕はソファで寝ちゃたんだ、と少しずつ思い出せてきた。。
「どうしてこんなとこにいるんだ?お前さんは」
尋ねられて、なんでソファで寝ちゃったんだっけ、とアレルヤは考えた。えっと…ご飯作ってロックオンを待ってたんだっけ、でもあんまり帰ってくるのが遅かったから不安になっちゃって、頑張って待とうと思ったら寝ちゃったんだ。掛け時計を見るともう十一時を過ぎてしまっている。こんな時間までなにしてたんだろう、もしかして本当に…。
「………僕、ロックオンが遅かったから心配したんだよ、すごく」
「え?」
「ね、いままで何してたの?今日残業じゃないよね?僕待ってたんだよ」
もしかして、ほかの女の人のところに行ってたの?口に出したらなんだか本当に寂しくなって怖くなって、少しだけ目を潤ませながらロックオンを見上げる。まだ一緒に住み始めてから一年しか経ってないのに、もう僕のこと飽きちゃったの?
しかしロックオンはまた変な顔をした。状況がのみ込めていない。
「何言ってるんだ?昼過ぎにメールしたろ、今日は緊急会議があるから遅くなるって」
アレルヤはきょとんとして、すぐに携帯の着信履歴を見る。しかしやはりメールは来ていない。軽く彼を睨みつけた。
「来てないよ!どうしてそんなすぐばれる嘘をつくんだい?」
「ええ!?嘘じゃねえよ、本当に送ったって」
ロックオンは慌てて自分のポケットから携帯を取り出して、指を動かした。そして「あった」と呟いてから、その瞬間に見るからに「げっ」と顔をしかめた。アレルヤはますます不信感を覚える。もしかして、女の人のアドレスとか見られるのが嫌なのかな。それも沢山あったりして急には削除できないくらいの量だったり…!
「それで、メールはあったの…?」
「ああ、あったのはあったんだけど…」
「あったけど?」
促すと、ロックオンはため息をついてから携帯の画面をこちらに向けた。恐る恐る覗き込む。するとロックオンの言った通り、ちゃんと送信済みボックスにメールがあって、遅くなるから飯は外で食べて来るということが書いてあった。だけど………。
「間違ってハレルヤに送っちまった…」
よく見ると、送信先のところがハレルヤになっている。アドレス帳の欄が隣だから操作を誤ってそのまま送信してしまったようだ。アレルヤは驚いたように目を点にして一瞬呆けた後、急に襲ってきた安堵感が一気に体中に染み渡ったのにあやかって大きな声を上げた。顔が熱くなる。
「も、もう!心配したじゃないか!」
「すまん。でもよかった、なんか絶対誤解してただろー」
ロックオンがからかう様にうりうりと鼻を指で押す。恥ずかしかったが、アレルヤは鼻声になりながらも認めた。
「うん、浮気してるんじゃないかって思ってしまった、かも」
ごめんね、ロックオン。まだまだあなたと過ごしてきた時間が短いから、信じ切れてなかったんだ。そう言って、良かった、と心底ほっとしたアレルヤはロックオンの胸元に顔をうずめた。すごく温かくて、気持ちよくて、安心できる。僕にとって、今のところ一番安心できる場所はこの胸だ。不安も喜びも全部優しく包み込んでくれるこの胸が大好きなのだ。甘えるようにぐりぐりと押し付けると、ロックオンの大きな手が僕の後頭部を撫でてくれた。顔が勝手にほころんでしまう。
「あー、でもちょっとショックかもなあ」
しばらくそうやってごろごろ甘えていたら、ロックオンが突然思い出したかのようにさびしそうな声を出した。
「え、ロックオン」
頭を上げて見つめる。ごめん、僕が思っている以上に悲しませてしまったのかな。
「な、だから俺におわびして」
「おわび?」
何をすればいいか分からないよ、と答えると、ロックオンはちょっと面白そうに僕を見てから体をぴったり密着させた。背中に腕が回されて、しっかりと抱き締められる。
「どうしたの?甘えたさん?」
首元におさまった彼の頭をちょっと撫でてあげると、ロックオンは少し微笑むように息を漏らした。そして抱きしめたまま器用にエプロンの結び目を解きだした。アレルヤはびっくりして咎める。
「ロックオン!」
「アレルヤが可愛いからテンション上がってきた。どうせ慰めてくれるならこっちで慰めてくれよ」
しゅるりと解けたところからすかさず彼の手が入ってくるのを止めるすべも止められたこともない。
「テ、テンションあがりすぎだよ!」
「たまには燃えるだろ、こういうのも」
「たまにはって…」
「なあ、奥さん?」
きゅんと胸が締め付けられた。すごくむず痒くて、なんだろう、不思議と嫌な気がしない。むしろ嬉しい気さえする。そんな僕の様子を見て、先ほどの慌てっぷりはどこへやら、すっかりその気になってしまったロックオンはわざといやらしい響きで僕を興奮させる。股を何気なく押し付けて来るのを直接身体で感じた。ごそごそと僕のシャツの中をまさぐりながら、体をゆっくりと押し倒された。ここ、ソファなのに。
「折角のソファが汚れちゃうよ」
高いの買ったのに。苦笑して馬乗りになったロックオンを見上げると、彼は当然といったように口端を釣り上げた。
「お前さんが誘ってくるのが悪い」
あっ、ひとのせいにした!そう言おうとしたのに、空気を呑み込んだだけで、あとはロックオンからのキスの雨で全部なにもかも流されてしまった。ちゅ、ちゅ、こ気味よい音が生まれる。啄むキスが顔中に降ってきて、もうどうでもよくなってしまった。僕もあなたが誘ってくるのが悪いことにしよう、と開き直って、肩に腕を回し、そのキスの雨を甘んじて受けてあげた。だって、僕はあなたのことが大好きだから。





恋は盲目とはよく言ったものだが、二人は恋から愛へと変貌することでより一層その威力を増した。当然ながら、今や蕩けるように熱い夜を満喫している二人には、同じ街にある小さなアパートで声にならない怒りを撒き散らすハレルヤの暴れる姿など、見えはしなかった。








グラブ・ジャムーンよりもずっと
(世界一甘く愛しあう僕たち)






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