「うわ……っ!」
「なんだよ、そんなに驚かなくてもいいだろ?」
ぽつり、いつからそこに佇んでいたのか、ニールはシャワー室の扉の一辺に寄り掛かる姿勢でアレルヤを見つめていた。帰ってきてから間もないのか、分厚いコートを着たまま腕を組み、笑みを浮かべている。湯気による曇りとシャワーの水音のせいで来ていることに全く気付かなかった。眺められていると、なんだか先程から考えていることも全て筒抜けになってしまっているような感覚が走る。いやだな…なんか。アレルヤは視線を反らして無意識にきゅっと身を縮こまらせた。
「お、お帰りなさい……」
「ただいま。そんなところであんまりぼうっとしてるとふやけちまうぜ」
「ニールこそ……何をしてるんだい」
ニールはにべもなく答えた。
「ん?いやシャワーの音がしたから声をかけようとしてたんだけどな」
「うん」
「お前さんがあまりにいい身体してるから魅入っちまった」
そういいながら冗談っぽく口端をあげるニール。なんなの、僕は、それを冗談だと思いたいの。薄い唇が動く様子を見るのさえ憚られた。嘘でも本当でも恥ずかしいことを平然と言ってのけるから困る。それにあんなことを考えていた後にこんな言葉を聞かせられたら、なんだか事態が自分の思う方向にうまく進んでしまうんじゃ無いかと要らぬ期待を持ってしまう。だから余計真に受けるわけにはいかない。いかないけれど、胸の鼓動は相も変わらずばくばくとその速度を速めつづけた。なんなの。
「鍛えてるのか?」
いけない、妙に意識しはじめている。やめたほうがいい、彼は僕になんか興味はない。好意は持ってくれているけどそれは女の人へのようなものとは違う。野良犬を飼うと沸く時に生まれる感情と同じものだ。飽きられたら捨てられるかもしれないの、方だ。愛着があるから安心、なんてできるわけがない。彼は僕に愛着がわいた、なんて言っていたけれど、よく考えたらその言葉によって本当に安心できることなんて何一つなかった。浅い。愛着なんて、そんなものいつでも途切れるかもしれないから。
「いや、特には……一時期はまっていたことはあったけどね。暇だったし」
「そうか」
蛇口を閉めてシャワーを出すのをやめると、やめた瞬間に後悔した。声がタイルに響いて通りやすくなっている。反響するせいで、部屋いっぱいに声が広がってしまう。なんだかいたたまれない気持ちになって、シャワー室から出ようとニールの横を通り抜けようとすると、瞬間、あの甘い匂いがふわりと漂い、ほてった体温と思いと匂いが相まって脳が処理しきれず、思わずくらりと眩暈がした。わずかによろめきつつ、まるで救いを求めるかのようにタオルを取ろうと棚に手を伸ばす。気づかれたくないな、彼に気づかれたくない。
「おいおい…その状態で大丈夫かよ」
「いや…大丈夫。気にしないで。風呂上がりはよく眩暈がするんだ」
「いやそうじゃなくて」
「え?」
きょとんとして振り返ると、ニールは一瞬アレルヤの顔をを見たが、何を考えたのかすぐに首を振った。
「いや……やっぱいい」
「なに、気になるよ」
「それよりさ」
「え、あ、う………うん」
「誕生日ケーキとこじつけるつもりはないんだが今日も持って帰ってきたからな」
「うん…ありがとう」
むりやり切られた、なにをいおうと。軽くケーキが入っている箱(わざわざプレゼント用になっているみたいで、いつもと色が違う)を揺らしてみせ、それだけ言うと、ニールは手をひらひらと振って姿を消した。何を言おうとしてたんだろう。脱衣所に、ボディソープよりももっと甘い匂いがした。残り香の方が強いくらい香水をつけるなんて、相当だ。少し笑って、タオルで身体を撫でると、そこからまた甘い匂いがした。柔らかくて、とても気持ちがいい。タオルにも香水をつけるのかな、いやそんなわけない。というより、むしろ今は僕が洗濯している。だからわかるのだ、洗剤の匂いじゃない。もしかしたらこれはこの家の、彼のもともとの体臭なのかもしれない。そう考えると、あの人の魅力が増しすぎてむしろ嫌気がさした。だいたい容姿、顔だって柔らかくて甘ったるい。これで彼女がいないだなんてもったいない……いたらいたで嫌な感じがするけれど……いや、そんな、一体何を考えてるんだろう。別にいたっていいじゃないか。ぽつりと一人脱衣所に残された自分が馬鹿みたいだ。嫉妬ではない、それは分かる。だけど、服を着せられないまま冷めていく身体と裏腹に、心の中ではくつくつと何かが熱くなっていくのを感じないわけにはいかなかった。







脳裏に染みて
(麻薬みたいにくらくらして)



※続きます





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