定時を過ぎた。
あの後、無駄に知恵を使った後輩のせいで微妙になってしまった自分の立場にやきもきしながら、また周りからの質問攻めを徹底的に無視しながらも、なんとか自分の仕事をこなした。しかしニールは、無意識に分単位で時計を見るということを怠ることはなく、長い針が一番上を示した瞬間に可及的速やかに帰り支度を 済ませた。結局同居人のための休みを取ることも出来ず、あまりにも恥ずかしい墓穴のこともあったため、一刻もはやくこの職場から抜け出したかった。リヒティは、ニールが女らしき人と同棲しているという、少々事実とは違うが、彼の中では同僚に通じる特別に美味しいネタを心の中に閉まっておくほど大人な対応をする器量は まだ持っていなかった。もちろん覚悟はしていたのだが。いやしかし、相手が女だと思われているだけまだ救われているほうだと思ったほうがいいのだろうか。これがもし男のためだとばれてしまったら、この職場で自分の精神が保てる自信がない。男と同棲なんて知られたくはない。いや逆にそれもありじゃないか?別に純粋に男 友達とルームシェアしていても(言うならハウスシェアかもしれない)特別におかしいわけでもないんじゃないか?…と、もうこんなことを意識している時点で純粋でもなんでもない。分かってるって。ああだこうだと思考を巡らせながら、ニールはコートを着込むと早々と扉に手をかけた。
「待ってください」
半分開けたところで、オーナーが無表情で呼び止めた。ニールの手が止まる。
「ん?なんだ?」
早く帰らせてくれ、今から説教なんてこりごりだぜ、とわざとらしく苦笑すると、ティエリアはフンと鼻を鳴らして請け合った。
「違います。これを持っていくといい」
そういってニールに小さな紙袋を手に持たせた。時々もらっている紙箱だ。しかし今日の売れ残りは少ないはず。
「ひとつしかあまらなかったんだろ?別にいいんだぜ、気を使ってもらわなくても」
「気を使ったのは私じゃありません」
「え?」
「私ですう」
するとティエリアの背中の影からひょっこりとミレイナが顔を出した。
「ミレイナか…」
これはまた厄介な子が聞き付けたもんだ、と言葉を飲み込みつつニールは少しだけ眉を下げた。その様子を無視したミレイナは楽しそうなことこの上ない。
「間違いなく聞いたですよ!ニールさんに恋人ができたって!」
「はあ?どこからだよ…お前さんそれは違」
「嘘はばれてます。乙女の勘は高確率で当たるですよ」
まぶしいくらいの笑みでにこっと笑うミレイナ。笑顔で首を傾ける。しっかり巻かれた茶色の髪がぴょんと揺れた。こんなに愛らしく笑われては、返答しにくてたまったもんじゃない。ここまで確信を持たれてしまうと肯定も否定もできない。ニールは思わず頭を掻いた。
「今度ここに来て紹介してくださいね」
「だ、そうだ」
ティエリアがミレイナの言葉を引き継いだ。心なしか楽しそうな声色だ。彼女につられているのだろう。思わずため息が出た。
「ケーキも高くつくようになったな」
「否定はしませんが」
「………お前さん面白がってるな?」
「とんでもない」
声を少し強張らせて、ティエリアがぐい、と紙箱を押し付けた。
「恋愛は人生に必ず必要な要素です。怠ってほしくないだけです」
「……意外にロマンチストだな」
「そんなことはどうでもいい。早く行ってください」
「そうです!アーデさんの魅力なんてもう知り尽くしてます!」
余計なお世話です、と頬を膨らませた。
「彼女さんは今頃お家で寂しがってるですよ!」
「いやだから…」
するとミレイナは業を煮やしたらしく、ティエリアから離れ、早く早く!とニールの背中を押した。小柄ながらも力はなかなか強く、ニール一人が寒空の下に押し出された。外気の闇と冷たさが全身を撫でる。
「それじゃあ気をつけて!」
そしてとびっきりの笑顔とともに、ばたんと扉が閉められた。突然の静寂。ニールが手元を見ると、そこには小さな誕生日プレゼント。ティエリアが気を利かせており、いつもの白い簡素なものではなく、薄いオレンジの箱に赤いリボンを巻いたものになっていた。思わず苦笑する。
「…他人から随分愛されてるなあ」
アレルヤは。そうひとりごちると、ニールは大切そうに箱を抱え、なるべく振動が伝わらないようにしながら急いで闇のなかを駆け出したのだった。






乙女の勘は百パーセント
(可愛い彼女のおすみつき)


※続きます





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