「頼む。な、一日だけだからさ!」
「なにをたわけごとを」
雪が降ることはなくなったものの、今だに背筋を伸ばせないほどに冷たい風が通り抜けるような空寒い季節。バレンタインデーも過ぎ去り、色んな店から出た安価な売れ残りのバレンタインチョコもようやく底がついた、くらいの時期。そんな時に、この通りの一角にあるしがない小洒落た洋菓子店では、先程から冒頭のような会話が何回も何回もなされていた。周りにいる従業員は笑いながら見届けるばかりで、会話に加わろうとはしない。ニールは必死に相手に話し掛け、なんとか自分の要望を飲んでもらおうとうろうろとオーナーの後ろをついてまわり、オーナーはそれを鼻で軽くあしらいながら自分の作業を淡々と行っていた。まるで聞く耳持たずという感じである。
「大事な日なんだ!」
「恋人ならまだしも、友達の誕生日のどこが仕事より大事なんですか。それくらいでいちいち休まれては困ります」
「いやその、なんていうか……」
変なとこだけロマンチックだなおい、と、ニールは前髪をぐしゃっと掻きむしりながら、全てを伝うに伝えきれないもどかしさのやり場に困った。友達という言葉の価値が二人の間で食い違っているのだ。しかし同情の余地無し、とばかりにティエリアはつんと顔を背けた。




ニールの中で、アレルヤという人間は他のどの友達よりも大切な存在になっていた。最初は、情が移ってしまった程度のほんの軽いものだった。しかし同じ一つ屋根の下で何日も共に生活しているうちに、いつの間にか目が自然とアレルヤを追い掛けるようになり、あっという間に愛情を感じる程に好意をもってしまった。「付き合ってくれ」と公言していない以上、消して恋人の関係ではないが、勢いとはいえキスまでしてしまった仲。他の友達とは比べものにならない。非常に曖昧な関係だ。恋人同士なんかが同棲すると、相手の欠点しか見えなくなり段々仲が悪くなるという話はよく聞くが、それとは正反対に、ニールにはアレルヤの良い一面しか見えなくなってきた。元々印象がマイナスだったからかもしれないが、彼には身を売ってきた事実を凌駕してしまうくらい、たくさんの良いところがあるのだ。生活するにつれ、ニールはアレルヤの虜と化してしまった。これならかつてアレルヤと床を共にしてきた男達にも、スプーン一匙分の共感が持てる。あまりに魅惑的な、恐ろしい力だ。その、今まで男女関係なく愛を振り撒いてきたアレルヤが、寛容にも(今のところは)ニールだけを優しく受け止めてくれるものだから、たとえそれがかりそめであったとしても支配欲と想いはますます深まるばかり。だから、ニールにとってアレルヤの誕生日というのはこの上もなく大切な時間であり、決して無駄に過ごしたくはない時間だった。昨日の会話の中で、ぽろりとアレルヤが「明日、誕生日なんだ」と口にした時の衝撃といったら。もう少し早く言ってほしい。
(あーあ、なんで今日休みじゃねえんだよ)
オーナー対策としてこの際恋人と言っておけば良かったのかもしれないが、アレルヤと友達とを(たとえばリヒティのような口の軽いやつ)近づけたくない。とはいえ、断固たる態度で拒否され、ニールはがっくりしつつも仕方なく厨房に戻っていった。野次馬達もぞろぞろと持ち場に戻る。
「ホールケーキはいっつも完売だから持って行ってやれねえし、プレゼントすら買ってねえよ……」
半ばいじけた気分で作業服に着替えていると、野次馬代表のような後輩が隣にやってきた。ほんとこいつ暇だな。
「駄目でしたね」
「まーね」
「そんな大事な人なんですか。先輩があんなにしがみつくなんて珍しいっすよね」
「そーか?」
投げ掛けられた言葉を軽く流しながら、ほかの従業員が作っていたスポンジとムースを受け取り、形を整えようとナイフを手にする。でこぼこした形を丸く削ぎ、切れ端をぽいと投げる。
「もしかして恋人だったりして」
隣にいるリヒティがニールのよこした丸いスポンジにクリームを塗りながら尚もからかう。
「聞いてただろ、ただの友達だって」
後輩は怪しいなあ、と笑む。
「うっそだあ」
「なんでだよ」
「だってただの友達と同棲しないでしょ」
さくり。整いかけていたスポンジが歪む。思わずリヒティの顔を見た。
「………なんで」
「ほーら、やっぱりね」
ニールの表情を見たリヒティは、してやったとばかりにやりと笑った。
「ひっかけたんすよ」
「……………あ、…いや、そのな、」
「あーあー駄目っすよ先輩、もうばれましたから。いいな〜先輩が惚れるくらいの美女かあ、付き合ってみたいっすね」








だまくらかし
(まんまとやられました)



※続きます




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