僕の身体を、何か温かいものが抱きしめている。柔らかくて、つい眠ってしまいそうな安堵感のある何かに。ふわりふわりとした、色で例えるなら暖色系の印象を与える何かに。瞼を下ろしたまま、その感覚に身を任せる。なんて心地がいいんだろう。ずっとこうしたままで居たい。このまま、不安を見出だす間もないような温もりの中に居られたら。なにも考えることもなく、春眠のようにぼんやりと思考を意識の深い底のなかに閉じ込めて、自分だけがわかる鍵で錠をかけておくことができたなら。だけど瞼を開けずとも、光に照らされた眼が赤みを感じる。きっと明るいなにかがあるのだろうけれど、それにしても僕を包んでいるものは一体なんなんだろう。僕は好奇心が動くままに、のそり、目を開けた。
「アレルヤ」
目の前には恋人が居た。穏やかな笑みを口に含ませて、なげかけられた全ての人が幸福になれるような甘い視線を僕にくれた。僕も彼も裸になっていて、だけど身体はだるくなかった。交わってはいないみたいだ。ニールは僕の身体を全身で抱きしめていた。温かいのはそのせいだ。僕たちのまわりにはなにもない。ただ光に満ちていて、その光で透けたニールの髪が視界のあちらこちらに見える。僕の目の前にはニールの顔しかない。それほど近い。鼻がくっつきそうなほど近くにあって、抱きしめているというのも憶測の域をでないのが本当のところ。幸せだ。僕もにっこりと笑んで、片方の手で彼のすべすべした珠のような頬を感じた。
「……ニール」
小さい声で呼ぶ。だけど反応がない。聞こえてなかったみたいだ。ただ優しい笑みを浮かべたまま、じっとこちらを見続けている。深海の瞳が据わっている。眠いのかな、でもその割には目がぱっちりしてる。
「………ニール……」
もう一度呼んだ。相も変わらず、でもちょっとだけさっきよりも大きめの声で呼んだ。彼は微笑んでいるだけ。春眠から少しだけ浮上した頭が、どこかおかしいぞ、と疑問符を出した。返事がない。頬をさすりながら、親指をニールの唇に這わせた。熟れた魅力的な果実をなぞりつつ、一方的に与えられる視線に自分のものを絡めた。
「……どうしたの…?」
いささか変な気持ちになって、いつまでも僕を抱きしめたままのニールに問いかけた。彼は表情一つ変えることなく、ふんわりと僕の顔を見つめたまま、口を開いた。
「裏切り者」












「………………っ!!!」
がばっと起き上がった。はあ、はあ、と大きく呼吸する。白い二酸化炭素が大量に吐き出され、ばくばくと心臓が五月蝿く胸を叩いてうち震えた。喉がひゅうひゅう鳴る。口があっという間に渇く。目を見開いて、呆然と目の前の闇を見る。急いで左右を見回し、そして前髪をぐしゃぐしゃ掻き回し、居場所が自宅の自室だとわかると、動揺が紛れて、ほうっ、とため息をついた。
「…………ゆ、め……」
何をしていたんだっけ、と記憶を辿れば、昨夜突然ハレルヤに襲われていたことを、鋭い腰痛と共に思い出した。腰に手をあてる。動かすと痛む。あの時は確か居間にいた。ということは、この部屋にはハレルヤが運んでくれたのだ。あれだけ無理矢理僕を捩じ伏せた割には、ご丁寧に布団まで敷いてくれている。後の最低限の処理はしてくれていた。立ち上がっても精液が太ももを伝うことはなかった。裸が寒さに訴えるかのように震えた。仕方なくはんてんだけ羽織り、ふらふらと部屋を出て、明かりを点けることもなく居間へ歩いたけれど、ハレルヤはもう居なくなっていた。期待もしていなかった。壁によりかかり、うなだれて、虚ろに自分の両手を見た。寝起きで力が篭らない指先を見つめていると、尚更自分の無力が伝わってくるような気がして、思わず排泄に近い笑みを漏らした。
「……どこまでも勝手だな、」
ハレルヤは。さっさと来て満足したらさっさと帰る身勝手さは彼しかなせない技だ。自慢できることじゃないけど。ぽちりと呟くと、腰から力が抜け出てその場に座り込んだ。冷たい廊下の木の板が身に染みる。だけど起き上がる気力すら無かった。さっきとは逆で、瞳が渇いて瞬きするのすら辛かった。勝手なのは、僕か。可笑しくないのに口が汚く歪んだ。裏切り者だなんて、生まれて初めて言われちゃったよ。しかも夢とはいえ、僕が大好きで大好きでやまない人に。
「…………大丈夫、アレルヤ。今までこんなこといくらでもあったじゃないか。あの時と一緒だよ」
そう、今までと何ら変わりないことで、もう慣れっこでしょう。アレルヤは自分で自分を慰めた。仕方ないことだったんだ。どうせ抵抗できなかったんでしょう。遥かにハレルヤの力のほうが強かったし、結局最後は気持ち良くて流されちゃったのも事実だし。ね、だからもう仕方ないことだったんだ。…………しかしアレルヤがそうやって自分を慰めれば慰めるほど、胸に生まれた言えない痛みは、裏切りの名と共に、深く、無慈悲に、彫り込まれていった。









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