「……っ」
有る限りの力を使って抵抗した。目の前が霞んでよく見えないのはどうしてだろう。しんと冷たい畳がアレルヤを不安にさせる。いやなによりも不安にさせたのは目の前の弟の力。力の篭った腕でハレルヤの体を押し上げようとすればするほど背中が押し付けられて、畳がより一層無情な冷たさを突き付けてくるように感じる。湧き出る嫌悪感もそのままに抗ってみるけれど、しかしハレルヤの腕力はかつてのものよりも何倍も強くなっていた。片腕だけで難無く両腕を押さえ付けられ、アレルヤは突然迫る弟に為す術がないことを感じるしかなかった。
「なんだ……弱くなってんな」
引き攣ったように喉を鳴らしながら、ハレルヤが鋭い刃物のような八重歯をちらつかせた。肉すら引き裂けそうな牙がある。もう片方の手が滑るように動き、するりと下着の中へ入り込んでいく。かつては無かった違和感が拭えない。抵抗しているはずなのにできない。成人男性の体重は、決して安易に退かせるものではないということを身をもって知った。
「あぁ、そうか、俺が強くなってんのか」
「………っ」
お願い、やめて、そう言いたいのに唇はその言葉を乗せることなくただ開いたり閉じたりするだけで何の意味もなさない。はくはくと動かしている、陸にあがった魚よりも醜い僕は、実はというと対して驚いているわけではなかった。驚いているのではなく恐れている。言葉が出ないのはそのせいだ。僕は今この瞬間、二つの嫌な現実に板挟みになっている。ハレルヤは主観的な性格だというのは知っているし、なによりも周りの変化に疎い。だからハレルヤはきっと僕が昔のままの僕だと思っているのだ。好きな人に想いを伝えることすらままならない、臆病者の僕のイメージだけが彼を捕らえて離していないのだ。だから僕が抵抗しても結局は流されてしまうだろう、なんて考えながら押し倒している。確かに以前の僕だったらそうなのかも知れない。だけど今は違う。ハレルヤが変わってしまったようにまた、僕も変わってしまった。………僕にはいまだかつてないほど、大切な、恋人ができてしまった。何よりも側にいたい人ができてしまった。こんなことを考えるのもまた思考の変化に伴っている。大学時代だったら、ハレルヤのことは許してしまえた。だけどここでまた言いなりになるのは許されない、そう思った。思っただけだった。
「だ、だめだ……」
「うるせえ、俺も久しぶりなんだ、黙ってやられときゃあいい…」
力を振り絞って声を出したが、ハレルヤは素知らぬ顔でアレルヤの胸をあさる。爪に挟んだ赤い摘みを刺激したことで語尾が切れた。僕は、きっとニールに顔を合わせることができない。弟に襲われて最後まで抵抗できなかったなんて知られたら、いくらニールであっても嫌な気持ちになる、それだけは絶対に避けたい。彼に気負いするようなことはもう一切したくない。ハレルヤから恨みを買うのか、ニールからまた疎遠されてしまうのか。どっちをとっても嫌な方向にしか歩みを進められないだなんて。自分を悲劇的に飾り立てるその自分すら嫌になった。こんな僕でも好きだと言ってくれるニールを裏切る行為なんてしてはいけないのに。
「………うぁ…」
香水の匂いがぶわりと増して、アレルヤの脳の感覚を麻痺させた。思考ががんじがらめに救い取られる。次第にぼうっとしはじめた頭が外気にあてられ、冷えきった肌が震え、胸がすくむ。どっしりと乗っかっている、筋力の増した弟への反抗が段々と弱まった。それを感じたハレルヤはますます笑みを深くさせて、それでいい、とでも言うようにゆっくりと頬を舌でなぞった。ハレルヤの左手が僕の中心へ伸びる衣擦れの音がした。僕の性器の形をなぞるように、するすると指が滑る。直に触れられるニール以外の指の感触が心臓を無惨にも刺した。しかしその感触のせいで、僕は自分の体が勝手に興奮していることを知った。勃っている。アレルヤの眉が深々と寄せられた。なんて僕は汚らわしい生き物なんだろう。拒否しているのに、結局僕は拒否しきれてはいない。………ならもう、彼に言わなければいい。心の中にまた宿るあの粘着質な感覚が不快でたまらない、だけど仕方がない。言わなければ気づかれないのだから。ましてや、今までの人生を振り返れば嘘なんていくらでもついてきた。されたことを黙っておくくらい、なんてことはない。嘘をつくわけでもない。湿っぽい息を視覚と嗅覚と触覚で感じながら、アレルヤは開きっぱなしでも何故か乾かない銀灰の瞳を、静かにそろりと閉じた。







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